第 5 章
息づく大地
-3-
5/5
「誰か…とめて…」
「ばっかやろー」
寛也は自らの気を手のひらに集中させる。気を高めて、力を込める。その手のひらに赤玉が現れた。
この強い翔の気を貫けるかどうか、自信はなかった。しかし、寛也はその気を翔に向けて繰り出した。
――届いてくれ。
パチパチと、空気の分子が火花を散らし、一条に伸びる。翔の気に、その赤玉は周囲を削ぎ落とされ、次第に小さくなりながらも細い筋となり、ついには翔の体を貫いた。
途端、気の消失とともに、翔はその場に倒れ込んだ。
それを見て、寛也は大きくため息をついて立ち上がる。
気が付くと、手のひらにいっぱいの汗がにじんでいた。
倒れた翔がどうなったかよりも、杳の方が気になった。ふらつく足で何とか駆け寄る。木の幹の下で横たわるぐったりした姿に、息を飲んだ。
「おい…」
ひざまずいて抱き上げた杳は、息をしていなかった。自分でもようやくに持ちこたえたのだ。生身の杳が無事な訳もなかった。
しかし、体は暖かかった。まだ、助けられるかもしれない。
人工呼吸ってどうするんだったかと考えようとして、寛也は背後に気配を感じた。振り向くと顔色をなくした翔が立っていた。
「杳兄さん…」
横へ来て、がっくりとひざまずく。杳の顔色を見て、震えるのが見て取れた。
「うそ…」
呆然とする翔。杳に手を伸ばそうとするのを、寛也はパシリとはたく。
「行けよ」
振り返る翔に低い声で言う。
「何も考えずに力の放出をすれば人なんて一発だ。俺達に比べてそれだけ弱い生き物だって分かってんのか?」
「…」
答えられない翔に寛也は続ける。
「コントロールできないお前の力の結果がこれだ。お前には弱い力の放出でも、人は簡単に死んでしまうんだよ。お前、分かっててこいつに近づいていたのか?」
「僕は…」
「分かってるわけないか。人界征服なんて言っている奴には。ひとなぎで町ひとつだもんな」
寛也自身にも苦い経験はあった。あの、阿蘇での出来事はまだ記憶に新しかった。
「ましてやあみやの身代わりなんてもっての他だ。それともあみやと同じようにその手で殺したかったのか?」
震える翔は何も言い返さずに唇を噛み締めていた。が、すぐに決心したかのように顔を上げ、杳の手を取った。
「何だ?」
翔の気がゆっくりと伝わっていた。先程の混乱したものとは違い、これは明らかに癒しの力だった。
ゆっくりと、杳が身じろぐ。
翔から伝わるのは杳への慈しみの心。寛也にもそんなことは初めから分かっていた。
「病院へ連れていってください」
自分にできることはこのくらいだとつぶやいて、翔は杳の手を放す。寛也の腕の中で息を吹き返すのを確認してから、翔は立ち上がり、くるりと背を向ける。
「僕の本拠は天へ通じる道。待っていますから」
翔はそれだけ言うと、すっと空気に消えてしまった。
「お、おいっ」
止める間もなかった。
寛也は翔の消えた空間を複雑な思いで見やった。
――まさか、お前…。
腕の中で、杳の静かな息遣いがするのが、とても非現実に思えた。