第 5 章
息づく大地
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「誰か…とめて…」
「ばっかやろー」

 寛也は自らの気を手のひらに集中させる。気を高めて、力を込める。その手のひらに赤玉が現れた。

 この強い翔の気を貫けるかどうか、自信はなかった。しかし、寛也はその気を翔に向けて繰り出した。

 ――届いてくれ。

 パチパチと、空気の分子が火花を散らし、一条に伸びる。翔の気に、その赤玉は周囲を削ぎ落とされ、次第に小さくなりながらも細い筋となり、ついには翔の体を貫いた。

 途端、気の消失とともに、翔はその場に倒れ込んだ。

 それを見て、寛也は大きくため息をついて立ち上がる。

 気が付くと、手のひらにいっぱいの汗がにじんでいた。

 倒れた翔がどうなったかよりも、杳の方が気になった。ふらつく足で何とか駆け寄る。木の幹の下で横たわるぐったりした姿に、息を飲んだ。

「おい…」

 ひざまずいて抱き上げた杳は、息をしていなかった。自分でもようやくに持ちこたえたのだ。生身の杳が無事な訳もなかった。

 しかし、体は暖かかった。まだ、助けられるかもしれない。

 人工呼吸ってどうするんだったかと考えようとして、寛也は背後に気配を感じた。振り向くと顔色をなくした翔が立っていた。

「杳兄さん…」

 横へ来て、がっくりとひざまずく。杳の顔色を見て、震えるのが見て取れた。

「うそ…」

 呆然とする翔。杳に手を伸ばそうとするのを、寛也はパシリとはたく。

「行けよ」

 振り返る翔に低い声で言う。

「何も考えずに力の放出をすれば人なんて一発だ。俺達に比べてそれだけ弱い生き物だって分かってんのか?」
「…」

 答えられない翔に寛也は続ける。

「コントロールできないお前の力の結果がこれだ。お前には弱い力の放出でも、人は簡単に死んでしまうんだよ。お前、分かっててこいつに近づいていたのか?」
「僕は…」
「分かってるわけないか。人界征服なんて言っている奴には。ひとなぎで町ひとつだもんな」

 寛也自身にも苦い経験はあった。あの、阿蘇での出来事はまだ記憶に新しかった。

「ましてやあみやの身代わりなんてもっての他だ。それともあみやと同じようにその手で殺したかったのか?」

 震える翔は何も言い返さずに唇を噛み締めていた。が、すぐに決心したかのように顔を上げ、杳の手を取った。

「何だ?」

 翔の気がゆっくりと伝わっていた。先程の混乱したものとは違い、これは明らかに癒しの力だった。

 ゆっくりと、杳が身じろぐ。

 翔から伝わるのは杳への慈しみの心。寛也にもそんなことは初めから分かっていた。

「病院へ連れていってください」

 自分にできることはこのくらいだとつぶやいて、翔は杳の手を放す。寛也の腕の中で息を吹き返すのを確認してから、翔は立ち上がり、くるりと背を向ける。

「僕の本拠は天へ通じる道。待っていますから」

 翔はそれだけ言うと、すっと空気に消えてしまった。

「お、おいっ」

 止める間もなかった。

 寛也は翔の消えた空間を複雑な思いで見やった。

 ――まさか、お前…。

 腕の中で、杳の静かな息遣いがするのが、とても非現実に思えた。




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