第 5 章
息づく大地
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「嫌なんだ…?」
「え…そういう事じゃなくて…」

 さすがに動揺している杳の様子に、翔はクスリと笑みをもらす。何だか初めて優位に立ったような気がした。

 いつも、憧れていた。その姿を目で追いかけては、つかまえたいと思っていた。それは竜として覚醒するよりもずっと前から。

「それとも、初めてなの?」

 茶化すように聞くと、杳の白い顔に朱が広がった。

 翔は杳に手を伸ばし、その頬に触れる。ゆっくり顔を近づけていくと、強ばっているのがよく分かった。ひどく緊張していて、それでも逃げようとしないで翔を見返してくる。

 多分、翔を一番心配してくれていた人。言葉ではなくても、分かっていた。

 翔はそんな杳にこのまま触れていいのか、一瞬戸惑う。戸惑って、ぷっと吹き出した。

「杳兄さんって、可愛いね。そんなに堅くならなくてもいいのに」
「いつから…そんな冗談、覚えたんだよ」

 冗談なんかじゃない。いつだって本気だった。

 翔は、ムッとしたままの杳の肩を引き寄せ、口付けた。驚いて身を引こうとする杳を逃さないように、その肩を強く引き寄せる。

 一瞬のようで、永遠の気がした。ひどく胸が苦しくて、翔はすぐに唇を離した。

「翔…」
「信じてよ、僕を」

 杳の首に腕を回し、縋りつくように抱き締める。

「君がいれば何もいらない。だから、側にいて」

 縋りついてくる翔に、杳は抵抗ができないでいた。寂しいのだとは知っていたから。

 数日前に、自分が言った言葉を思い出す。信じないと。その一言で傷ついてしまった姿を見てしまっていたから。

 そして――。

 再び重ねられる唇。

 本当に求めているものは、この体ではないのに。本当に欲しいものは――。

 体の力が抜けたように膝をつく杳を抱きとめて、ゆっくり草の上に横たえる。上気した顔がひどく艶ぽかった。

 その上に重なりあうように、翔は体を降ろした。

「人…来るから」

 もともと人目なんて気にする性格ではないのにと、翔はおかしかった。

「来ないよ」

 そう返して、翔は唇を杳の白い首筋にはわせる。小さい声がもれる。

 多分、このまま受け入れてくれるだろうことは分かったいる。手に入れることができる。だけど――。

 頭の片隅で叫ぶ声がする。本当に欲しいものはこんなものじゃないと。自分が本当に欲しているものは――。

「翔くん…?」

 見上げて来る杳の瞳はひどく優しかった。しかし、その優しさは違うものなのだ。胸が苦しくなる。

 ポロポロと目からこぼれるものに気づいて、翔は慌てて袖で拭う。

「ごめん、杳兄さん」

 立ち上がろうとする翔。その手を取って。

「ダメなんだ? オレじゃ、翔くんがなくした人の代わりにはなれないんだ?」

 その言葉に翔は驚く。

「オレ、何でもするから、だから帰ってきて欲しい。翔くん」

「僕が欲しいのは…」

 翔はつかまれている手を、逆に握り返す。


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