第 5 章
息づく大地
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 それは夜中のことだった。

 何かの音が聞こえた気がして、寛也は目を覚ました。気になって起き出すと、隣の部屋のドアがあいていた。その代わりに洗面所から聞こえた水音。

「おい…大丈夫か?」

 洗面所をのぞき込むと、洗面台に突っ伏して杳が口をゆすいでいた。顔色がひどく優れない様子だった。

「吐いた…のか?」

 恐る恐る聞くと、思いっきり睨んできた。

「ヒロの所為だ」
「は?」
「さっき、変な話するから。夢に見た。気持ち悪…」

 さっきの話とはあみやのことだろうか。教えろと言うから教えてやったまでのことだった。それに、変な内容ではなかったように思う。ムッとして寛也は言い返す。

「何だよ、人が心配してやりゃ、その言い草…」

 きつい言葉を返そうとして、途中で止める。出る言葉の割に、杳は本当に具合が悪そうに見えたのだった。

「水でも飲むか?」
「…いらない」

 そっけなく言って、杳は立ち上がる。顔色は悪いが、しゃんと立つことはできるようだった。

「少し、涼んでくる」
「あ、ああ…」

 ふらつくでもなく、杳は寛也の脇を擦り抜けて、玄関を出て行った。

 寛也は心配ないだろうと床に戻ろうとして、ふと、気になった。自分の体調の悪いことを人の所為にしてしまう人間の心配などしてやる必要などないとも思ったが。

 後を追って外へ出ると、外灯の下、ぽつんと杳が立っているのが見えた。

 目の錯覚かと思った。

 何だかひどく儚げで、今にも消えてしまいそうだった。昼間の元気やさっきの減らず口が嘘のように見えた。

 真夜中、通る人もない路地に立つ杳には、声をかけるのも憚られるような雰囲気があった。

 何を夢に見たと言うのだろうか。

 その後、しばらくして帰ってきた杳は黙って床に就いたが、眠っていない様子だった。寛也は気になりはしたが、翌日のこともあるので自分はそのまま眠った。

 それから、杳とはまともに話をしていない。

 今朝は普通に振る舞っていたが、それでも機嫌が悪そうで、無口だった。


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