第 5 章
息づく大地
-2-

2/12


「何やってたの? もう出るわよ」

 翔の姿が階段から見えると、雪乃は声を掛ける。腕組みをし、いつものように大将然とした表情を浮かべて。

「彼を飢えさせるわけにはいかないでしょ?」
「ばかね。どうせ私達の敵に回る奴よ。とっとと消えてもらった方がいいんじゃないの。竜王は甘いわよ」
「そうですか?」
「…何か…呑気ね」

 ジロジロと翔を上から下まで眺めながら、雪乃は眉間に皺を寄せる。

「昔の竜王はもっとはっきりきっぱりしてたのに。ねぇ」

 雪乃は同意を求めて振り返る。そこに立っていたのはもう一人の仲間、闇竜の和泉辰己。少し長めの前髪を指先で弄びながら、顔を上げる。

「まあ、今のでもいいけどな」

 口元に浮かべる笑みが何だか怪しい。雪乃はこのメンツにすこぶる不満があった。

 何を考えているかよく分からない竜王に、どうやら異性よりも同姓に興味を示しているらしい闇竜、そして思いっきり無愛想で、ついに昨日戦線離脱を図った光竜。雪乃から見ればどいつもこいつも、ろくな奴はいなかった。

「さあ、とっとと行くわよ」

 雪乃は粗くため息をひとつついて、諦めた。どうせ長いつきあいをするつもりなど無い相手だと思って。

 雪乃はどすどす足音を立てて、出口へ向かう。と、壁でもないのに、何かにぶつかった。その弾みで、後方へ尻餅をつく。

「あいたっ」

 恨めしそうに見上げた相手は、壁ではなく人だった。

「大丈夫?」

 転んだ雪乃に、そのぶつかった相手は手を差し出した。紳士な態度であったが、その顔に、雪乃は目を大きく見開いた。

「な…何であんたがー?」

 差し出された手を払いのけ、雪乃は「彼」を睨み据える。その横を、くすりと小さく笑って、翔が擦り抜けていった。

「行きましょうか」

 ちらりと見えた横顔からは何の表情も見えなかった。

 雪乃は翔の後ろ姿を、眉間に思いっきり皺を寄せて眺めやった。何を考えているのか、本当につかめない奴だと思った。


   *  *  *



次ページ
前ページ
目次