第 5 章
息づく大地
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 ――カツンカツン。

 石畳を踏む足音に、新堂紗和は顔を上げた。

「目が覚めましたか?」

 紗和の起きていることを確認して、彼は声をかけてきた。手には朝食を乗せたトレイを持っている。

「翔くん…」

 紗和の手からそれを受け取り、自分の座していたひざ元に置いた。

 ここに連れて来られて幾日かが過ぎた。

 北海道から東京への修学旅行の最中で、途中迷子になった姉の里紗と一緒に奇妙な事件に巻き込まれて、結局自分一人ここへ連れて来られてしまった。何が何だか理解ができないが、このままでは学校側も困るだろうし、両親も心配するだろう。そして、目を離すと何をしでかすか知れないトラブルメーカーの姉のことも気掛かりだった。

 そろそろ帰して欲しかったが、いくら話をしようとも翔は聞き入れてくれず、空しく時間が過ぎて行くばかりだった。

「今日はとてもいい天気になりそうです」

 紗和の心中を気遣う様子も無く、翔はのんびりとそう言った。しかし表情は冷たく笑っていた。

 最初はどうしてこんな笑い方ができるのだろうかと思った。本当はそんな気もないのに、何かに無理やり感情をゆがめらでもしているかのように、まるで仮面のように笑うのだった。

「出掛けるのかい?」
「ええまあ。みんな留守にしますけど、逃げられませんよ」
「そのようだね」

 紗和は小さくため息をつく。

 逃げられた試しなどなかった。鉄格子があるわけではない。鍵のかかった扉があるわけでもない。ただ、窓のない地下室のような所に入れられているだけなのだ。しかし、そこに見えない壁があった。翔はそれを結界と呼んでいたが、紗和は目に見えないバリアなのだと理解した。とは言え、何がどうなってそこにバリアが存在出来るのか、皆目見当もつかなかったが。

「いい加減、人違いだってこと、分かってるんじゃない? そろそろ帰してくれてもいいと思うけど?」

「人違い?」

 紗和の言葉に翔は口の端を吊り上げた。

「あなたはもう自分で分かっていると思うんですが。自分の力を」
「…何のことだか」
「早く目覚めて下さい。そうすれば――」
「そうすれば?」
「いえ」

 不審そうに見やる紗和から目を逸らし、翔はくるりと背を向ける。そしてそのまま翔は階段を上っていった。


   *  *  *



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