第 4 章
静かなる水面
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午後からの講義はけだるいものだった。
準教授の使う関西弁に東京弁の混じったような奇妙な口調に、学生達がひそひそ声でささやいては、笑いをかみ殺しているのが聞こえた。
それを横目に見ながら、聖輝はノートを取る手を、ふと、止めた。
気配が、感じられたのだった。
――これは…!
途端、視界が真っ白になった。
瞳が何も映さなくなったのだと気づいて、それがあまりにも眩しい光の所為だと気づく。
その一瞬の間に、教室中に女学生達の黄色い悲鳴が鳴り響くことになった。
光の渦とともに窓硝子が弾け飛んだ。
この気配には覚えがあった。
光竜の優だ。
「あいつ…っ!」
聖輝は舌打ちしながら、逃げ出そうとする学生達の流れに逆らって、窓縁へ駆け寄った。
次第に慣れた目で見上げた空には、光の洪水が溢れる中を、眩い色の竜が舞っていた。
約束だったのだ。
聖輝は竜王のすることに一切の干渉はしない。その代わり竜王も聖輝の周りには手を出さないと。
もともと聖輝自身、竜王のすることに興味はなかった。だから傘下に入ろうともしなかったし、それに反発するつもりもなかった。
だからこそ成立していた約束事だった。
それを持ち出して来たのは竜王の方ではあったが。
聖輝は忌ま忌ましそうに、光竜を見遣った。
約束を違えて、無事に済むと思っているのか。
竜王の命なのか。それとも。
いずれにしても、聖輝に対しての宣戦布告には、間違いなかった。
「おい、静川、早く逃げないと」
級友が聖輝を促す。
「大丈夫だ。先に逃げてろよ」
聖輝はそう言うと、彼に入り口のドアを指さしてやる。
しかし彼は心配そうな素振りで、逃げあぐねている様子だった。
心配なんかすることもないのに。
ふと、聖輝の中でそんな思いがよぎった。
途端に気付く。
自分はいつの間に、人の善意も偽善も区別がつかなくなってしまったのかと。
「…分かった。逃げよう」
聖輝は心底うれしそうにうなずく友人に、複雑な気持ちで背を向けた。
* * *