第 4 章
静かなる水面
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それが脅しであろうと本気であろうと、杳は引く事を知らない人間だった。
売り言葉に買い言葉、ついつい出てしまった台詞。
「やれるものならやればいいじゃないか。結局はあんたらに正当性なんてないんだからな。所詮、横暴な暴君とそれに仕える狐どもじゃない」
「何を!」
益々相手を怒らせただけである。
優の身を包んでいた気が、一層大きくなる。
しかし杳は平然と構えたまま、尚も続ける。
「人を征服して、虐げて、神の名を偽って、だから一度は滅んだ。違う? あんた、人間だろ? 翔くんだってれっきとした人の子だよ。何かの転生したものかは知れないけど。人間に生まれることに、神だったあんた達が何らかの意思を表したかったんじゃなかったの? あんたもそうなんじゃないの?」
先日、茅晶の口から聞かされた昔話。
巫女を殺し、乱心した天竜王と、それを止めようとして戦った竜神達。
そして、ついには滅びた竜の時代。
「人間なのに、何故、人を滅ぼそうとするんだ? 翔が言っていた大切だった人って、人間だったんじゃないの? あんたらの守りたかったものって…」
「うるさいっ、黙れ」
声を押さえてはいるが、静かに怒りが満ちていた。
いや、怒りというよりも、痛みをつかれた、そんなふうに杳の目に映った。
「…あみやって、誰?」
ふと、茅晶の口から聞いた名を舌に乗せた。
もしかしてと、ずっと思っていたことだった。
茅晶の言うあみやと、翔の言う「大切だった人」とは同一人物なのではないかと。
半分、カマをかけたつもりだった。
が、予想以上に優の反応は大きかった。
顔色が変わるとはこういう事をいうのであろう。
すっと、血の気がうせたかと思うと、今までたぎっていたオーラの炎が一気に小さくなった。
「お前、誰にその名を…」
わずかながらも震える声。
言ってはいけないことだったのだと、その時、心の内で感じた。
優の反応よりも、自分の中で何か後ろめたいような感情が芽生え、多少うろたえる。
それが何故だか分からないことも、さらに説明のつかないわだかまりとなって、自分の内で大きくなっていくのを感じた。