第 4 章
静かなる水面
-2-
2/6
「あきらめの早いことだな」
と、聞き覚えのない声に振り返る。
そこに立つ見かけない顔に、杳は首を傾げてみせた。
「誰? あんた」
相手は無表情のままだったが、返って来た口調は厳しかった。
「竜王の従兄にしては、物覚えが悪いようだな」
「竜王」の単語に杳はようやく思い出す。
三日前、東京のホテルで出会った翔と一緒にいた連中の一人であると。
杳は名前など知らぬが、先程まで聖輝の部屋にいた優である。
杳の表情の変化を見遣って、優はようやく本題に入る。
「竜神達を集めて回るつもりなのか? そんなことをしても無駄だぜ」
「…あんたになんか、関係ないことだろ」
「あるさ。下手すりゃ、俺の手間が増えることになるかもしれないんだからな」
「手間…?」
「お前を始末する手間さ」
杳は表情の読み取れない優の言に、逆に短気になる気持ちを押さえ込むことができた。
「手間もないだろうに。オレ一人くらいどうにでもなるだろう、あんたらの力があれば。それよりも聞きたいことがあるんだけど」
「何を?」
律義に聞き返してくる相手に、杳は内心、ほっとする。
「紗和のこと」
「紗和…?」
「翔くんがさらって行っただろうが。地竜王だって言いがかりをつけて。本人が人違いだって言うのを無視して」
「ああ…」
ようやく優も思い出したかのようにうなずく。
それを、よせばよいものを、杳は小さな声で一言付け加える。
「竜って、物覚えが悪いものなの?」
言った後で、まずいと思った。
優の気が、その身から陽炎のように沸き上がるのを目にしたのだ。怒ったらしいことを杳は知る。
「何ならここで手間をかけてやってもいいんだぜ。俺は竜王に遠慮はしないからな」