第 4 章
静かなる水面
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「あんたが水竜? 静川聖輝?」

 帰宅して車から降りると、そう声をかけられた。

 聖輝はギョッとして、声の方を見遣った。

 そこには、見慣れない少女――いや、少年だろうか――が立っていた。

 どこかで会ったような気もするが、誰だろうかと考える間もなく、彼は歩み寄って来た。

「電話帳をしらみっつぶしに捜してきたんだから。でも珍しい名字だったんで、助かったよ」
「何だ、お前」

 どう見ても高校生である。こんな時間にうろうろしているなど、怪しいものだった。

 不審げな顔を向けていると、その少年は聖輝の正面まできて、立ち止まる。

 そして凛とした瞳を、真っすぐに向けて来た。

 どこかで確かに見た目だった。記憶の糸を手繰り寄せようとする。

 が、その前に彼は自分から名乗ってきた。

「オレは葵杳。あんたの力を借りたいんだ。翔を…天竜王を正気に戻してやりたいんだ」

 天竜王の名を聞いた途端、関係者と気づいた。

「…何の事だ? 俺には関係ない」

 聖輝は背を向けようとする。

 が、彼――杳はそれを許さなかった。聖輝の腕を掴むと、無理やり引き留める。

「あんた、竜だろ? 寛也から聞いてるよ。竜王四天王の一人で、水を司る水竜の瀬緒。竜王に対抗するには四天王の力が必要なんだ。」
「俺は何も知らんな。放せよ」

 聖輝は杳の腕を振り払おうとしだ。

 が、杳も見かけによらず頑強だった。

「取り返しのつかないことになる前に翔くんを止めたいんだ。あんただって竜なら…」
「変な言い掛かりはやめろ。何の事だか俺にはさっぱりだ。帰ってくれ」
「言い掛かりって…」
「大体、竜だなんて非現実な事、見ず知らずの人間に向かって言うことか? それに、俺はお前なんて知らない。さっきのナントカってヤツのことも聞いたことがない」
「…」

 一瞬、杳の表情が強ばる。

 が、すぐに元の端正な顔に戻る。

「分かった。今日は帰るよ。寛也を連れて、もう一度出直して来る」
「なっ…!」

 杳はそう言うと、アッケなく聖輝の腕を放した。

 そしてくるりと背を向ける。

 駆け出そうとして、ふと立ち止まり、振り返る。

「あんた、人のオーラって見たことがある? オレ、そういうの、見えるんだ。あんたのは、翔達と同じ形をしているよ」
「…」

 オーラなどはったりだと分かっていた。

 しかしそう言った杳の目が深い色を宿していることが、聖輝の心を捕らえてならなかった。

 走って行く杳の後ろ姿を見送りながら、聖輝は重苦しい気持ちを振り払うのが精一杯だった。


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