第 3 章
炎竜
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「それで俺に手伝ってほしいことって?」

 寛也が聞くと、杳はぱっと明るい表情を見せる。感情の素直なヤツだと寛也は思う。

「他の三人を集めたい。あんたと同じように潤也達もきっと無事だから、それを捜し出して翔くんを…天竜王の計画を阻止する」

 語尾に力を込めて、まるで自分に言い聞かせるように言う杳。それが自分の役目でもあるかのように。

「翔くん、従弟なんだ。オレがとめてやらないと…」
「俺も同じこと思っていた。仲間だったんだから、あいつは。俺達一族の大将だったんだ。ずっと昔から。だから俺達の手で何とかしなければならないことなんだ、本当は。他の仲間を集めるだけ集めて、やるしかないんだ。そう思っていたところだ」

 寛也はそう言うと、近くにあった冷蔵庫を開け、中をごそごそとあさる。

 そして適当な獲物を見付けると、それを取り出してそのうちの一つを杳に差し出した。

 “Beer”と書かれたそのカンに一瞬目をまるくするものの、すぐに杳は小さく笑ってカンの口を開けた。

 寛也も手にしたものの封を外し、杳の座したベッドの横に腰を降ろす。一口それを口に含んで。

「だけど期待しないでくれよ。あいつの力は絶大だ。この前だって俺達全員、あっと言う間に弾き飛ばされてしまった。気付いたらこんなところだものな。段チだぜ」

 あまりおいしいとは思わないその飲み物を、あっと言う間に腹に入れて、寛也は次のカンに手をのばす。

 杳はそれを見遣りながら口をつける。露骨に不味そうな顔をするので、寛也はこっそりと笑みをこぼした。

「でもみんな揃えば勝てるかも知れないんだろ?」
「だから天竜王は俺らよりずっと強いんだってば」
「じゃあ、負けるの?」

 言われて寛也は返答に困る。

 自分でも自信はないものの、雪乃に言った通り天竜王に容易く敗北を期するつもりはなかった。

 打てるだけの策は打ち、全力を尽くすつもりでいた。

 しかしその一方で期待されるのも好きではなかった。自分はそれほど立派ではないし、何よりもその期待を裏切り、相手を傷つけるのが怖かったのかもしれない。

 まっすぐ見つめてくる杳の瞳から目を逸らし、寛也は窓の外に目をやる。

 そこには稜線を赤く染めた阿蘇の山があった。

 何も言わずにいると杳がコトリとラックの上にカンを置く音がした。

「オレ、非力だから。さっきあんた達が空飛んでいるの見て思ったんだ。オレなんかちっぽけな人間でしかなくて、あんた達には手も届かないでいる。もう少し何か力があったらって思うよ。そうしたら絶対に負けないって言える。だけどオレは他人に頼ることしかできないんだ。くやしいよ、すごく」

 その声の震えに気付いて振り返った寛也は、息が止まる思いがした。

 まっすぐに自分の方へ向けられた瞳は強い意志を含んで揺れている。

 それが瞬時にして寛也の心を捕らえた。

 自分の中の奥底で何かが震えるのを感じた。

「期待はずれだったとしても、俺は責任とれないぞ」

 了承の意。杳は寛也の言葉に、すぐに笑みを浮かべて答えた。

「絶対に勝てるよ。そう信じている間は絶対に」

 寛也は言われて、眩しそうに目を逸らした。

 はるかなる昔同じように、自分を見上げてはほほ笑みかけていた者がいなかっただろうか。

 幼い子供から美しい乙女に変わっていくその姿を眩しく見つめていた自分がいたような気がする。

 杳の真っすぐな瞳を見ていると、切ないくらいに懐かしい思いがわきあがってきた。


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