第 3 章
炎竜
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「寛也…結崎寛也だろ?」
地上に降り立つと、ふいにそう声をかけられて、寛也はギョッとなった。こんなところに知り合いなどいないものをと、振り返ってみる。と、そこには見覚えのある少年――少女か?――が立っていた。
目鼻立ちのよく整った顔は、月明かりに綺麗な白さを浮かべて見えた。
「お前…」
一瞬、誰を思い出せそうな気がした。誰だっただろうかと考える前に、相手が名乗ってきた。
「よかった、無事で。オレ、葵杳。あんたと同級生なんだけど?」
いくぶんホッとしたような、それでいて不安そうな表情の杳に、寛也は思い出す。東京のホテルにいた人物のひとりだと。
「そう言えばあの時、ジュンと一緒にいたな…」
寛也からすれば弟の潤也がどういう経緯で東京にいたのかさえ知る由もなかった。ましてやあの時は杳の存在など気にとめる間もなかった。
「潤也はあんたを捜してたんだよ、ずっと。だまってさっさと竜になって行ってしまうから。それを追いかけてオレ達は…」
そして杳はこれまでのいきさつをざっと話して聞かせた。苦労をさせられた多少の恨み言も込めて。
「と言うわけで、今夜はあんたの責任で、野宿だから」
「はぁ?」
締めくくろうとする杳を、寛也は怪訝そうに見やった。
「何で俺の責任なんだ?」
「何でって…ここまで来るのにどれだけの時間がかかったと思ってる? 慣れない東京でモノレールから飛行機に乗り継いで、こっちの空港ではバスに乗り間違えて、結局タクシーになって…」
「それ、俺の責任か?」
初対面に近い状態で我侭を言いまくる杳に言い返す気力は、今の寛也にはなかった。
言っている言葉の内容とは裏腹に、邪気の無い笑顔を浮かべる杳に、ただ毒気を抜かれただけなのかも知れなかった。
* * *
「手伝ってほしいことがあるんだ」
杳はそう切り出した。
さすがに野宿というのは御免だと二人して算段の末、格安のビジネスホテルに泊まることにした。
そこまでの足を寛也が引き受けさせられた。竜体になって、背中に乗られたのだ。
ダウンライトの薄明かりが灯る部屋の中、入浴を済ませてあがると、先に床についているとばかり思っていた杳がベッドの上にちょこんと座り、待っていた。
その様がどこかおかしくて、あやうく笑いがこぼれるのを寛也は寸でのところで止めた。
そして何事かと、どっかと椅子に腰掛け、話を聞く。
「あんた、炎竜だよね? 竜王四天王の一人だって聞いた。四天王の力があれば竜王を倒すことだってできるんだろ?」
質問と言うよりも確認ととれる杳の物言いに、寛也は訝しげな表情を向ける。
「誰から聞いたんだ、そんな話」
「…今は言えない」
茅晶は寛也――と言うよりも竜一族の者とは顔を合わせないのだと言った。何故かと問うと相入れないものであるからと、そっぽを向きながら答えて姿を消した。
そんなこともあり、杳は茅晶の事を当分は言わないでおこうと思った。
彼女の存在が何であるにしろ、天竜王との間に確執があるのだから味方につけるにこしたことはないが、彼女自身が彼らと相入れない存在であると言う以上、今は黙っておくつもりだった。
そんな杳の様子を、寛也は腕組みをしながら観察をした。
同じ学年で目立つ容姿をしているので、名前と顔くらいは知っていた。
素行不良なことも、いろいろと尾ひれのついた噂話も聞いていた。
しかし今、目の前にいる杳の瞳はまっすぐな色しか宿していなかった。
ともすればこちらの方が臆してしまいそうな程であった。