第 3 章
炎竜
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「あそこ、あれじゃない?」

 車窓ごし、半月に照らし出される二頭の竜を見付けたのは杳だった。

 午後8時に大分空港についた杳と茅晶の二人がタクシーをとばして阿蘇山麓にやってきたのは、すでに真夜中を回っていた頃だった。

 走っていた国道の行く手に雲を貫いて舞い上がる二体の竜。

 しかしそれは、普通の人間には二本の竜巻が絡み合う風景に見えていた。風塵を巻き上げ、恐ろしいまでに荒れ狂った気圧を感じる。それを目にしたタクシーの運転手が驚きの声を上げて急ブレーキを踏んだ。

「何やってんの。早く行ってよ」

 後部座席から茅晶が高い声を出す。

「しかし、あれは…」

 その光景に運転手は戸惑いの表情を浮かべる。

 竜――竜巻は、稲妻を衣に、雲を蹴る。大自然の中に浮かび上がるその様はあたかも特撮映像のように見るものを引き付ける。それと同時に恐怖させる。

 目測するにあと2ー3キロというところか、杳はそう判断してタクシーから飛び出した。

 茅晶も慌ててその後を追う。

 今の時間、国道であっても通る車はまばらで、二人は舗装された道を息を切らせながら駆けて行った。




 怒りが力となり、炎となってわきあがる。寛也はすでに竜身となった我が身を炎に変えて、眼前の紫竜をにらみすえる。

『そうこなくてはね。竜一族らしく。その力で人間界を滅ぼすのよ。本当に炎を操る炎竜、仲間になるのならどれほどの戦力になろうことかしら。竜王もさぞ喜ぶでしょうに』
『くどいぞ。俺は征服者になるつもりはない』
『それだけの力があるのに?』
『そんなことに使うつもりはねえよ』
『でも炎竜、貴方の力は戦うためだけのもの。人を畏れさせることしかできないものだわ。分かるでしょう、街は貴方の力で滅ぼされていくのよ』

 寛也には雪乃の言わんとする意味がよくつかめなかった。それを見て取ったのか、雪乃は西方の山裾を指し示す。そこには、人家を襲う熔岩流があふれていた。その下にはもうすでに見ることはできないが、人の生活が存在していたのだろう。

『それこそが貴方本来の姿。今更奇麗事を並べることができるの?』

 言われて寛也は返答に窮する。

 その意志はなくとも、実際に寛也の力は人間に危害を加えている。違うとは言えないのである。しかし。

『だからといって、お前らのしようとしていることに加担するつもりはない』
 きっぱりと言い返す。雪乃の薄笑いが見えるようだった。
『仕方がないわね』

 雪乃の声が聞こえたと同時に、彼女の体が一回り大きくなって見えた。かと思うとその体が薄く千切られ、寛也に向かって襲いかかってきた。身体にへばり付くそれは小さな花片だった。

 花片は渦を巻きながら寛也の視界を遮った。

『うるさいっ』

 そう吐き捨てて軽く身をよじる。ちりちりと周囲で花片が赤く炎をあげていた。

『こんなので俺が何とかなるとでも思っていたのか』

 寛也の問いかけに対する答えは雪乃の含み笑い。ムッとして寛也は花片の渦をくぐり抜けた。しかしそこには紫竜の姿はなかった。

『下の町に降りてみるといいわ。自分の恐ろしさがよくわかるから』

 雪乃の声がこだましていた。


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