第 3 章
炎竜
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「勝てないとは限らないだろう」
「昔とは違うのよ。地竜王は貴方を助けてはくれないのよ。分かってる? 先の戦いでは彼がいたからこそ、天竜王を封じることができたのを忘れたの?」
「知るかよ、そんなの」
「今回地竜王は天竜王の手中にあるのよ。どう転んでも万にひとつの勝ち目はないわ」
一瞬寛也の顔が強ばる。が、すぐにそれも余裕の表情に取ってかわる。
「忘れてもらっちゃ困るのはあんたの方だ。竜王は大将であっても君主じゃない。力の差だけじゃ勝てない勝負はこの世に五万とある。俺は竜王に負けるつもりはないからな」
語尾に力を込めるのは、自分を奮い立たせるため。そして、プライド。
寛也の言葉に呆れたように言う雪乃。
「悪あがきね。残念だわ。生き残る仲間は多いにこしたことはないし、ましてやこちらも痛手をこうむるつもりはないの。だから…」
雪乃は両手に紫玉を握り締めていた。ふわりと長い髪が舞う。
「炎竜、貴方にはここで死んでもらうわ」
グオッという轟音と共に、雪乃の身体は巨大な竜となって一気に天へ駆けのぼった。不意をつかれた行動で寛也は、風圧と地鳴りにあやうく体勢を崩しかける。
雪乃は天へ駆け上がると間を置かず、その巨体を寛也にぶつけてきた。反射的に寛也はその場を離れたものの、勢いづいた竜身はそのまま神社の境内を半壊させた。
ひのき造りのその御社の崩れたのを見るなり、寛也は樹木の中に駆け込んだ。それで雪乃の目から逃れられるとは思わなかったが。
さして大きくもない林、雪乃の力であっても破壊するのは容易いだろう。
とは言うものの、寛也はあの竜体を好きにはなれなかった。十数年間人間の体に慣れ親しんだ所為であろうか、あの様を長時間保つことが不安でならなかった。精神的には安定した状態であり、居心地よいだけに、この人間体が危うくて、ともすれば失われそうで、恐ろしくもあった。雪乃や翔のようにそれを力として使うことへの畏怖のためであったのかもしれない。
寛也はなるべく気配を殺し、ゆっくりと移動する。が、しかし天上の雪乃はその僅かな動きに気付いたらしく、寛也めがけて再び体当たりを試みようとする。寛也は慌てて潅木の中を駆け出す。
暗闇の中、十分に足元まで確かめられなかったのは寛也の迂闊であった。崖があったのだ。気づかず足を踏み外してしまった寛也は、そのままずるずると下まで落ちていった。
口に入ってしまった土を唾と共に何度も吐き出す。服も泥まみれだった。おまけに足元はぬかるみだったらしく、ジーンズは泥水に濡れていた。
「くそったれが」
こっちがおとなしくしていれば好き勝手なことをしてと、寛也は一気に頭に血の上るのを覚えた。
常日頃、血の気の多いところは直すようにと弟に諭されてはいるものの、この性分だけは天性のものらしく、どうしようもなかった。
一気に沸き立つ血とともに、手の平に出現する赤玉を握り締めた。
身体中の細胞が失われていくのを感じる。手も足も目も口もすべてがその存在を失い、それとともに身の内から気が膨れあがる。
高く、高く、天を貫く思い。
その身は天高く舞い上がった。
* * *