第 3 章
炎竜
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その日の最終の飛行機に乗り込み、杳は茅晶の言うままに大分に向かった。澪達に会って事情を告げるだけの時間もなかった。
空港で電話を入れると、澪が電話口で怒鳴っていた。時間がないと言って受話器を置き、肩をすくめる。と、背後から声がした。
「別れのあいさつは終わったかしら」
嫌な言い方だなと思って、否定する。
「“あいさつ”じゃなくて“連絡”だよ。さあ、行くよ」
杳は先に立って歩き始めた。
* * *
「その昔、竜神一族の君臨する時代があったわ」
飛行機の中で、茅晶はぽつりぽつりと語り始めた。
夕方出る飛行機は九時前には目的地へ到着するだろう。すっかり日の沈んだ窓の外に目をやり、杳はカーテンを閉じた。そして茅晶の言葉に耳を傾ける。
「今から数えてざっと2300年の昔、奴らは超自然の力を使い、人間達に神として崇められていた。あいつらの作り出す自然の力は強大で恐ろしくもあったわ。人々は奴らを恐れ、また、恵みの雨をもたらす奴らを崇めた」
その姿は雲に隠れ、その存在は大地のように確かなものであった。
人々は彼らを祀るための社を設け、神官を置いた。
初め、それは竜の血を引くと言う男であったが、最後の神官が死して後、その娘が後を継いだ。
その少女の名を“あみや”と言った。
彼女は幼い頃から竜神に――殊に天竜王の寵愛を受けて育ち、その折りの竜神の恵みは人々を豊かにした。
「あみやは優しい娘だった。ある時村へ降りた私は村人に追われたわ。何もしてはいなかった。だけど村人は私の頭にある角を見て怖がった。追われ、傷つき迷い込んだ御社で私はあみやに出会った。その頃はまだ十にもならないほんの少女で、でも彼女は村人の責めにも毅然として私を庇ってくれた」
茅晶はその外見にはそぐわない、遠い昔を思う面持ちをする。
杳は今までさして気にもとめなかったが、よくよく考えるとこの茅晶も翔達と同じように転生しているのではないか。この目の前の少女には角など生えていなかった。
じろじろ見ていると、それに気付いた茅晶は薄笑いを浮かべ、答える。
「今の世では私の両親はれっきとした人間よ。ちゃんと戸籍も住民票もあるわ。だけど、この昔の記憶も同じようにある。今でもはっきりと覚えている。胸を銀剣で――天竜王の剣で貫かれて死んだあみやの姿を。あんなに、我が子のように、恋人のように慈しみ育ててきた筈の彼女を天竜王は…」
それ以後の天竜王は災いをもたらすようになったと言う。
天が割れ、嵐と雷が鳴り響き、田畑は水に浸かり、人々の住める大地はなくなった。
竜神達の力でようやくそれを鎮めた時には何もかもが失われてしまっていた。
そして竜神達の治める世は終わった。
「貴方の見た壁画、“竜神目覚めるとき人の世は終わる”。あれは古代の人々からのメッセージよ。竜神の、竜王の再臨を恐れた人々が後の世の人々に向けたメッセージね。でも今の人間は竜なんて信じない。架空の動物だと思っている。だけど…。ねぇ、十二支の中で何故竜だけが想像上の動物だと思う? 違うのよ。本当ははるか昔に存在していて、それが人の心に残っていたのよ」
茅晶の話は杳にとっては信じられそうもない絵空事だった。
ただしあの竜の姿を見ていなければの話である。
実際目の当たりにした今では信じなければならないだろう。