第 3 章
炎竜
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「じゃあ、一つ頼みがあるんだけど」

 里紗が何かと身を乗り出す。

「朝言ってたじゃない。澪兄さん、岡山の昔話、もう少し詳しく調べてみてくれない? できたら勾玉についてとか」
「勾玉?」
「そ。竜伝説とセットになっていると思うんだ。雲を掴むような話だけど、まず気付いた所から調べて行かなくっちゃ始まらないだろう。澪兄さん、手伝ってよね」

 澪に向かっては、拒否を許さない口調。澪は嫌そうな顔を露骨に見せる。

「俺をまた留年させるつもりか?」
「いいじゃん。卒業できなきゃできないで。どうせ一生遊んで暮らしていけるくらい財産あるくせに」
「おまえなぁ」

 昔から杳には敵わなかった。

 十も年下のくせに、言うことは妙にこちらの痛い所をついてくる。

 この見てくれに騙されてつい甘い顔をすると、逆に足蹴りをくわされる。

 困った従弟である。

「それでお前…」
「オレはあの女に当たってみるよ。徒労に終わるかも知れないけどね」

 そう言った杳の横顔は、心なしか強ばって見えた。


   *  *  *


 喫茶店を出て杳は澪達を先に帰らせた。そして自分は人通りのない路地へと入る。丁度日没の時間、既に辺りはうす暗くなりかけて、多少風も冷たくなってきていた。肌寒さに身震いをしたその時、いきなり目の前に濃紺の服がひるがえった。

 姿を現したのはあの少女――茅晶だった。

「決心はついたかしら」

 黒い長い髪が静かに風に舞う。

「承知する前に取引ってからには、そちらにも要求するところがあるんだろ? それを聞いてやるよ」

 高慢な態度に出る。茅晶はそんな杳にきれいな笑顔を向ける。しかし返ってきた言葉はぞっとしないものだった。

「杳くん、貴方の魂」

 細い指が杳をさす。げっと、思わずもらして問い返す。

「鬼って人肉食べるだけじゃないの?」
「あれは餓鬼よ。私はこれでも美食家よ。そんなもの欲しくもないわ」
「じゃあ、人魂を…食べる?」

 ふふふと、茅晶は意味深な笑みをこぼす。

「その代わりその間の貴方の身は私が守ってあげる。どう?」
「…」

 杳はこの鬼女の考えがますます分からなくなった。裏が読めなかった。

 黙っていると茅晶の方から口を開いた。

「時間がないって言わなかったかしら。竜王は他の竜神達のとどめを刺そうと動き始めているわ。早くしないと手遅れになるわ」
「だったら何故オレにそれを言うんだよ? オレには翔を何とかする力も竜神達を助ける力もないのに。それよりもあんた一人の方がいいんじゃない?」
「あたしは竜神の張った結界には入れない。入れるのは同族の竜達と、人間だけ」
「ホントかよ」

 杳には茅晶の言っていることが、どうしても嘘っぽく思えてならなかった。しかし、これしか今のところ方法はないのである。この鬼女と手を組むしか。

「ま、どっちでも良いか。取引に応じてやるよ。竜神達の復活と竜王の計画阻止、それから紗和の救出。オレの条件はこれだけだ」

 茅晶は杳の言葉ににっこりと笑みを見せた。


   *  *  *



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