第 3 章
炎竜
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「澪兄さん、こんな話聞いたことない?」

 トーストにまさにかぶりつこうとしている澪に向かって杳が聞いた。大きく口を開けたまま澪は杳に目をやる。

「竜がその昔一人の少女に恋をした。だけど何らかの理由で彼女は命を落とし、それを悲しんだ竜が乱心したっていうの」

 横で聞いていた里紗が食事の手を止める。これは昨日翔の言っていた言葉から推測したストーリィだった。

「多分その娘は人の手で殺されたんじゃないかと思うんだけど。そんな話は知らない?」
「どっからそんなネタ拾ってきたんだ?」

 澪はトーストを皿に戻し、コーヒーを口にする。

「良くありそうなネタじゃない。生け贄とかさ、人柱ってのもあるじゃない」
「人柱はないが、生け贄ならあるぞ」

 言った後で澪は但し書きをつける。あくまでも言い伝えられたものの内の俗説であるということを。

 遥か昔、一人の少女がいた。名は伝えられていないが、彼女は巫女で竜神を祀る司祭であった。

 美しい娘であったため、望まれ村長のもとへ嫁ぐことに決まった。しかし竜神はそれを許さず、娘を宝玉の中に閉じ込め、その村に災いをもたらした。思い余った娘が自らの命と引き換えに村を救って欲しいと、我が胸を剣で貫いたと言う。

「一説によると、巫女である身を汚されたため竜神が怒ったのだとかってのもある」
「でも嘘っぽいわね。そんなに大昔のこと、いつまでも恨んじゃうなんて」

 言って口を尖らせてみせたのは里紗。信じられないと言った表情でトーストにかじりつく。

「それ、どこの伝承?」

 里紗の言葉を無視して杳は澪に聞く。再び大口を開けてトーストにかじりつこうとしていたところであったため、幾分不機嫌そうにしながら答える。

「吉備の国」
「…はぁ?」

 杳はすっとんきょうな声をあげてみせた。

「吉備ってあの吉備? オレんちの近くの?」
「そう」
「そんな話聞いたことないよ。吉備の昔話って言えば吉備団子持った桃太郎さんくらいしか」

 杳の言葉に澪はポリポリと頭を掻いてみせた。

 いわゆる吉備の国、現在の岡山県南部の平野に点在する古墳群からも分かるように、この地方は古くから集落ができ、古代国家が栄えていた。

「その桃太郎の話も本来は伝説をもとに伝承されてきたものじゃないか。同じように昔話に類するものは他にもたくさんあるだろ? そのうちの一つだよ。ちなみにこの話の入手先は昔、お前の部屋に転がっていた『岡山の昔話』っていう本だがな」

 ブーッと杳は飲みかけのミルクを澪の顔めがけて吹き出した。

「お前な〜」

 澪はミルク浸しの顔で杳を睨み据えた。


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