第 3 章
炎竜
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杳の言わんとすることに気付いて、少女はくすくすと笑い出す。
「貴方、あの連中が本当にあっさりと死んでしまったと思っているわけ? 人間体ならともかく、竜身となったあいつらはそう容易く死にはしないわよ。あいつらが何故竜神と言われるか知ってる? 神にも似た生命力と超自然なその能力からきたものだからよ。そんな奴らがそう簡単に死ぬわけないでしょ」
杳はその言葉を信じたい気がした。
何よりも、生きているという希望を持ちたかったということもある。
しかし信じてしまって、これがこの少女の何らかの罠だったとしたら。そんな気持ちもあった。
「どちらにしても私の言っていることを信じるしかないんじゃない?」
ダメで元々なのかもしれない。そう思った。
かと言って二度も襲われているのだ。信じるべきでないという気持ちも大きかった。
迷う杳の様子に少女は笑みをこぼす。
「今すぐ決めろとは言わないわ。しばらく待ってあげる。ただし今日の日没までよ。時間がないの。竜王は炎竜達を放ってはおかないから」
言って少女は軽く身を跳ねさせる。と、その身はすぐそばの塀の上にあった。
「お、おい、ちょっと待てよ」
慌てて声をかける杳に、彼女はちらりと振り返る。
「あんた…名前くらい名乗って行けよ。自分を信じさせたいのなら」
「…茅晶よ。水城茅晶(みずしろちあき)。現世名ではね」
それだけ言ってその少女――茅晶は朝もやの中に消えていった。
* * *
「どこ行ってたんだ?」
帰ると澪が起きていた。少しいぶかしげな表情を向ける従兄に、杳はそっけなく答える。
「ちょっと朝の散歩」
この普段通りの物言いに、澪は肩をすくめると、朝食の準備のためにキッチンに立って行った。
杳は軽く伸びをして再び布団の中に潜り込む。
杳にはあの少女、茅晶の真意が読めなかった。
あれ程までに自分を狙っていたのに。
その目的が「翔の大切なものを奪う」ことにあったのだとしたら、翔に剣を向けられた自分はその対象を外されて当然であろう。
杳にとっては願ったり叶ったりであるが、果たしてそれをそのまま鵜呑みにしてしまって良いのだろうか。
とは言え、茅晶の言う潤也達の無事は信じたかった。
一度彼女の言うとおり、飛び込んでみるのも手かもしれない。
どちらにしても茅晶は翔に敵対心を抱いているだけなのだから、利害の一部が共通することは否めない。
しかし、茅晶が自分を仲間に加えて何か利になることでもあるのだろうか。
はっきり言って自分にそれほどの能力があるとは杳自身自惚れてはいなかった。
どちらかと言うと役立たずになる感がする。
それなのに、何故なのだろうか。
潤也や寛也達を仲間に加えることを考えてのことなのだろうか。
とすると今の自分の判断が、今後を左右することになりはしないだろうか。
どうすべきか。
「こらっ、杳」
迷っていると、いきなり頭上から怒声が聞こえてきた。
「また布団に入るとはお前もいぎたないヤツだな。潔く起きろよ」
見るとエプロン姿に、フライ返しを持った澪が見下ろしていた。
思わず吹き出してしまった杳に、澪は幾分、不機嫌な表情を浮かべる。
「分かった、分かった、起きるよ。全く、年寄りには勝てないよなぁ」
「何だとー?」
「わっ、冗談、冗談だってば」
振り降ろされるフライ返しを寸でのところでよけて、杳は起き上がった。
* * *