第 3 章
炎竜
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 澪は実のところ、まだ杳の言うことを信じられないでいた。

 昔は――ずっと幼いころは些細なことさえ不思議と感じられていた。それなのに、今の自分は現実を見つめすぎ、その枠に押し込めてしまうことだけ考えようとしている。

 そんな自分に溜め息が出た。

「その中で何か分からない? 11体の竜のこと。天と地と九体の竜神」

 澪は首を横に振る。そんな大量生産の竜なんて聞いたこともなかった。第一、竜自体架空の動物であるのだから。

「もうっ、役にたたないんだから。何のための大学生だよ」

 理屈の合わない台詞をはいて、杳はぶすっとむくれて見せる。それを見て澪は苦笑いをする。

「敵わないな、お前には」

 そう言って澪は立ち上がると、本棚の一番上に乗っていた木製の小箱を取り出してきた。そしてそれを杳の目の前に置く。

「何?」
「開けてみろよ」

 言われて杳はそっと箱の蓋を外す。

 中には白い布にくるまったゴルフボール大の石が入っていた。

 真ん丸ではなく、その一部が尾っぽのように突き出ており、真ん中には糸通し穴が開いていた。

「まがたま…?」

 杳はそれを手に取り、つぶやく。

 見覚えのあるそれは、やんわりと蛍光灯の光を反射して薄卵色に光って見える。

 この勾玉は葵家の家宝のひとつであったが、澪が持っていたのだった。

「お前にやるよ、それ」
「えっ、でも…」

 さすがの杳も躊躇する。

 これは家宝でもあるし、長家の跡取りである澪が持っていなければならない物であることは知っていたから。

「翔が本当にそんな化け物なのだとしたら、勾玉は人を守るお守りだろ? お前が持っていろよ」

「だったら尚更澪兄さんが持っていなきゃ。…と、待てよ、澪兄さん、ここにひとつこれがあるということは、他にも4つ、この玉が存在するっていうことだよね」

 杳はポンとひとつ手を打って、ぱっと明るい顔を見せた。

「何の効果があるのかは知らないけど、集めてみれば何か分かるかも」
「どうやって?」

 そこでポツリとつぶやくようにして聞いてきたのは里紗だった。

「あんたも大概単純にできているようね。そんな玉、どこにあるとも分からないようなもの、どうやって探すって言うのよ? それよりも、あんたの従弟にさらわれたうちの紗和を助ける方が先でしょ」
「だからそのために謎解きしてるんだろっ」
「そういうの、あてずっぽうて言うの。下手な考え休むに似たりとも言うわ」
「まあまあ、里紗ちゃんも、杳も落ち着いて」

 殺気立ってきた二人の間に割って入って、澪はまた一つ溜め息をつく。

 その時、つけていたテレビにニューススポットが入る。

 プイッとそっぽを向いた杳の目に止まったそれには、九州阿蘇中岳が噴火している様が映った。

「ああ、それ、さっきから続けて流されているが…あの辺り最近活発のようだな。そのうち富士山も噴火するんじゃないのか?」

 もちろんこれは冗談。しかし今直面している事実が事実だけに、洒落にもならないと杳は眉をしかめる。

 竜神目覚めるとき人の世は終わる――終わってたまるものかと杳は思う。

 そんなに容易く滅びる種族であるのなら、とうの昔に息絶えている筈だから。

「疲れた頭じゃ、考えもまとまらないだろう。お前ら今日は早くに寝て、明日図書館へでも行って調べてみないか? 何か見付けられるかも知れないぞ」

 もっともなことを言う澪に杳はようやくうなずいた。


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