第 3 章
炎竜
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 何だか気だけが焦っているようだった。

 早く何とかしなければ取り返しのつかないことになる、そんな気がして。

 翔が初めて竜を見たと言った時、確かに自分の目にもそれが映っていた。

 ただ、その姿はあまりにも非現実すぎて認めたくなかった。

 あってはいけないものだと頭の中で警笛が鳴り響き、底知れぬ恐怖が心を占めた。

 幼いころ見ていたあの壁画の所為であろうと思えたが、翔をその渦中に入れることは危険だと直感が働いたのだった。

 誤算だったのは、翔が傷ついていただろうことを計算から外していたこと。

 多分あの時、自分が翔の言うことを認めていたなら翔も走ることはなかっただろうし、その場の異常現象で終わっていたかもしれない。

 そして今日出会った翔は、変わっていた。

 冷たい目をして、平然と人を殺そうとする。以前は虫も殺さないような少年であったのに。

 まるで別人にすり変わってしまったようだった。

 このまま放っておけば大変な何かを引き起こすだろう。“一番大切な人の命を奪った人間達”。翔はそう言っていた。

 一番大切な人とは家族のことだろうか。とするとあの少女のことになるが、だからと言って…。

 逆に、あの少女の言い分は、遥か昔に翔が――天竜王が殺したという人のかたきだとか。

 二つに分かれてしまった双頭剣。何かが通じているのだろうか。

 伝説を調べてみると分かるのだろうか。

 とは言え、一番そのことに詳しそうな祖父は先の火事で死んでしまって、もういない。

 澪の持っていた巻物の解読ができれば何か分かるだろうか。

 しかしあれにも大したことは書かれていないかもしれない。とすれば、どうしたら良いのか。

 杳は考え始めると何度でも堂々巡りを始める思考に嫌気がさして、シャワーの蛇口を思い切り回した。

 水しぶきが足元で冷たい音をたてていた。


   *  *  *


「あれ、寝てしまったの?」

 杳が風呂からあがると、里紗は人心地ついたのか、澪の横ですやすやと寝息をたてていた。

「まったく警戒心がないみたいだな」

 澪がやや呆れた様子でつぶやいた。

「澪兄さんの事だろう? 男として傷ついたって?」

 くすくす笑いながら杳は勝手知ったるとばかりに、押し入れの中から毛布を取り出して広げると、里紗の頭からそれをひっかぶせた。とたんに目を覚ます里紗。

「何するのよっ?」
「風邪でもひいちゃいけないと思っての親切心からしてやったんだけど?」
「何が親切心よ。まったく、これだから男っていうのは…」

 ぶつぶつ言いながらも里紗は毛布にくるまった。少し夜気が感じられるようになったのだろう。

「それで何か分かった?」

 杳も澪の横に座り込み、何やら文字の詰まった本を覗き込んだ。

「伝説って言うのは結構あるみたいなんだけど、そのほとんどは昔あった実話を元に誇張したりの伝承だからな。自然に歪められたりしたものなんだ。だからさ、竜そのものに対する大した学説なんてありはしない。あるとしたらそれを伝承してきた民俗学になってしまうんだ。人間学ってとこかな」

 パタンと本を閉じて澪は溜め息ひとつつく。


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