第 3 章
炎竜
-1-

1/10


 杳がだだをこねる里紗をつれて、葵澪(あおいれい)の下宿を訪ねたのは、陽もとっくに暮れた8時過ぎのことだった。

「随分くたびれているな…おまえら…」

 ドアを開け、迎え入れてくれるなり、澪はそう言ってあきれ顔を見せた。

 とにかく汚れを落とせと風呂を沸かし、何とか、里紗を風呂場に押し込んだ。

「しかしまあ、お前が女の子を連れて来るとはなぁ」
「これにはふか〜〜〜い訳があるんだってば。話せば長いことなんだけど」

 春とは言え、五月上旬、日も暮れれば肌寒さも感じられる。

 杳は澪の作ったホットココアに口をつけながら、これまでの事の顛末を語った。

 杳の告げる不可思議な出来事に、澪は首を傾げながらも静かに耳を傾けていた。

 そして杳が話し終わると、煙草を取り出しぷかぷかと吸い始めた。

「実際のところお前の話だけで事を信じろと言う方が、無理だと思うが?」

「じゃあ、ニュースにはなってないの? 今日、街中でビルが幾つも倒れたっていうの」

「なってるさ、超常現象だって。この大都会で十をも越えるビルが瞬時にして崩れたんだから。だけど死者どころか怪我人も出ていない。何故かその時間、あの地域から人がいなくなったんだと」

「いなくなった人は死んでるんじゃないの?」

「いや…気付いた時には別の場所にいたそうだ。何万人っていう人間がだぞ。異常だよな」

「じゃあ、竜を見たっていうのは…」

「そんなもの一言だって出ていないさ」

 澪は言って肩をすくめる。

「ま、竜神伝説っていうのは、ガキの頃からひいじいちゃんに聞かされていたから、興味はあるけど」

 澪は立ち上がり、本棚の中から古びた書物を取り出して来る。

 その中に一つ、巻物があった。

「これだろう、お前の言っているのは」

 澪は丁寧にそれを広げて見せる。

 もう何百年も前のものらしく、保存状態も悪かったのだろう、あちらこちらが黄ばみ、虫食いだらけだった。

 その紙の上には、読みにくい文字がつづられていた。

「何て書いてあるのか解読した?」
「古い文字だからな」
「何だよ、読めないの? 大学7年も行ってるのに」
「好きで7年も行ってるわけじゃない」
「ああ、留年だっけ…」

 この口が可愛くないと、澪は常々思っていた。

 そこへ、里紗が湯から上がってきた。

 だぼだぼの澪のシャツを借りて、髪の毛を拭き拭き現れる。

「まったく、これだからユニットバスは嫌いよ。お風呂に入った気がしないんだもの」

 言われた澪は平気な顔をしていたが、杳の方がむっとしてして言い返す。

「だのに30分以上も浸かってるなよな」
「ふんっ」

 里紗は杳にそっぽを向く。

 ますます怒った表情を見せる杳を、澪はまあまあと、なだめる。

「次、お前入れよ。疲れた顔をして。少しは気分が落ち着くぞ」

 澪は言って、自分の横に座り込んでいる杳の、埃っぽい髪の毛をくしゃくしゃと掻き回す。

 それを嫌そうに振り払って、杳は立ち上がった。


   *  *  *



次ページ
前ページ
目次