第 3 章
炎竜
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杳がだだをこねる里紗をつれて、葵澪(あおいれい)の下宿を訪ねたのは、陽もとっくに暮れた8時過ぎのことだった。
「随分くたびれているな…おまえら…」
ドアを開け、迎え入れてくれるなり、澪はそう言ってあきれ顔を見せた。
とにかく汚れを落とせと風呂を沸かし、何とか、里紗を風呂場に押し込んだ。
「しかしまあ、お前が女の子を連れて来るとはなぁ」
「これにはふか〜〜〜い訳があるんだってば。話せば長いことなんだけど」
春とは言え、五月上旬、日も暮れれば肌寒さも感じられる。
杳は澪の作ったホットココアに口をつけながら、これまでの事の顛末を語った。
杳の告げる不可思議な出来事に、澪は首を傾げながらも静かに耳を傾けていた。
そして杳が話し終わると、煙草を取り出しぷかぷかと吸い始めた。
「実際のところお前の話だけで事を信じろと言う方が、無理だと思うが?」
「じゃあ、ニュースにはなってないの? 今日、街中でビルが幾つも倒れたっていうの」
「なってるさ、超常現象だって。この大都会で十をも越えるビルが瞬時にして崩れたんだから。だけど死者どころか怪我人も出ていない。何故かその時間、あの地域から人がいなくなったんだと」
「いなくなった人は死んでるんじゃないの?」
「いや…気付いた時には別の場所にいたそうだ。何万人っていう人間がだぞ。異常だよな」
「じゃあ、竜を見たっていうのは…」
「そんなもの一言だって出ていないさ」
澪は言って肩をすくめる。
「ま、竜神伝説っていうのは、ガキの頃からひいじいちゃんに聞かされていたから、興味はあるけど」
澪は立ち上がり、本棚の中から古びた書物を取り出して来る。
その中に一つ、巻物があった。
「これだろう、お前の言っているのは」
澪は丁寧にそれを広げて見せる。
もう何百年も前のものらしく、保存状態も悪かったのだろう、あちらこちらが黄ばみ、虫食いだらけだった。
その紙の上には、読みにくい文字がつづられていた。
「何て書いてあるのか解読した?」
「古い文字だからな」
「何だよ、読めないの? 大学7年も行ってるのに」
「好きで7年も行ってるわけじゃない」
「ああ、留年だっけ…」
この口が可愛くないと、澪は常々思っていた。
そこへ、里紗が湯から上がってきた。
だぼだぼの澪のシャツを借りて、髪の毛を拭き拭き現れる。
「まったく、これだからユニットバスは嫌いよ。お風呂に入った気がしないんだもの」
言われた澪は平気な顔をしていたが、杳の方がむっとしてして言い返す。
「だのに30分以上も浸かってるなよな」
「ふんっ」
里紗は杳にそっぽを向く。
ますます怒った表情を見せる杳を、澪はまあまあと、なだめる。
「次、お前入れよ。疲れた顔をして。少しは気分が落ち着くぞ」
澪は言って、自分の横に座り込んでいる杳の、埃っぽい髪の毛をくしゃくしゃと掻き回す。
それを嫌そうに振り払って、杳は立ち上がった。
* * *