第 2 章
宝玉の戦士
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いきなりハンドルが切られ、身体が大きく傾いた。その拍子にドアにぶつかったことで傷口に痛みが走る。
車はブレーキの音を激しく立てて、静かとは言えない止まり方をした。
「何やってんのよっ、危ないじゃない」
里紗が怒鳴る。
紗和は痛みを堪えながら体勢を戻すと、窓の外へ目をやった。
そこは白い闇に覆われていた。
「潤也…」
つぶやいて杳は、ドアを開けて外へ飛び出した。
振り返った方向には、先程までいたビル街がった。
すぐに光は鎮まったものの、その場にあるものの姿を目にして、体中に緊張の走るのを感じた。
そこにあったものは、薄闇にくっきりと浮かび上がった竜王の姿だけだった。
「みんなやられちゃったの?」
里紗が、不安そうに窓から首だけをつきだして聞く。
窓硝子ごしには杳の白い横顔が見えた。唇が震えているのが分かった。
「…逃げよう」
杳は震える声でそう言うと、再び運転席についた。
もう一度振り返ると、銀色の竜がこちらを向いて瞳を光らせていた。
追って来る――そう直感して紗和は目を閉じた。
が、発車して間もなく、車は再び急ブレーキをかけた。
行く手に人影を認めたのだった。
「翔くん…」
杳の声が小さく聞こえた。
里紗が助手席で身を縮ませたのが分かった。
杳がそれにちらりと目をやり早口で言う。
「あんた運転できる?」
里紗がぷるぷると首を横に振る。
「エンジンかけて右端のペダルを踏むと走るから。まん中のがブレーキ。左端がクラッチ、ギアチェンジする時に使うんだ。分かった?」
「分かるわけないでしょ!」
「とにかく任せるから。オレが囮になる」
「ちょっと…」
止める間もなく、杳は車外へと飛び出して行った。
風がきつく吹いていた。
雨雲が空一面を覆っている。
「潤也達をどうしたんだよ?」
杳は毅然とした表情で聞いた。
「潤也…? ああ、風竜のことだね。彼を含めて全員まとめて片付けてあげたから」
「片付けた…?」
杳はわずかに眉を吊り上げて見せ、翔を睨み据えた。
「仕方ないよ。この僕の邪魔をするんだもの。杳兄さんも邪魔しないでよ」
「邪魔って、例えばこんなふうに?」
杳は言うが早いか、翔に近づき襟元をつかみあげると、2度3度とその頬を叩いた。
しかし翔は平然とした様子で、薄笑いを浮かべる。
「杳兄さんさえ良ければ仲間にしてあげようと思っていたんだけど、あまりその気じゃないみたいだね。残念だよ」
バシッと弾ける音がして両手に痺れが走ったかと思うと、杳の体は後方へと吹っ飛んだ。
そして地面に背中をしたたかに打ち付ける。一瞬息が止まり、その後激しく咳きこむ。
その間に翔は車に近づいて行った。
運転席では里紗がエンジンをかけ発車させようとするものの、クラッチの位置がつかめないのか、エンストを連発させていた。
ふと翔の姿が窓の外にあるのを認めると、我知らず悲鳴をあげた。
そんな里紗には一瞥を加えただけで、翔は紗和のいる後部座席のドアを開けた。
正確には鍵が掛けられていたため、引き千切ったようなものだった。
そして銀剣を紗和の喉元につきつけた。
「何故力を使おうとしないの?」
「僕はそんなのじゃないって言っているだろ」
「それなら、本当に死んでもらいます」
途端、飛び出して来た影があった。