第 2 章
宝玉の戦士
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里紗だった。里紗は、翔の腕にかみ付いていく。
翔は取り落としそうになった銀剣を左手で支え、反射的に里紗を振り払う。
その右腕には、くっきりと赤い歯型がついていた。
「竜だか妖怪だか知らないけど、紗和にこれ以上手を出したら、このあたしが許さない」
紗和の前に立ち、そう啖呵をきって翔に向かう様に、紗和はしばし呆然とする。
その里紗に、翔が笑う。
「人間ごときが、この僕にかなうとでも思っているわけ?」
「そんなもの、やってみないと分からないわ」
「じゃあやってみましょうか」
翔がそう言葉を口にすると同時に、辺りに突風が吹いた。
慌てた里紗が車のドアにしがみつく。
雷鳴とともに、すぐ目前のビルに稲妻が落ち、爆音をあげながら崩れた。
「何なの、一体…」
「今度は、お姉さんの頭の上にでも落としてあげようか」
里紗の仰天した表情に、翔はさもおかしそうに笑みを浮かべる。
「さっきの勢いはどうしたの。はったりでもいいから言い返してみたら?」
「な…何よ」
震える声。しかし理不尽な翔の行動に対する怒りは治まらない。里紗は翔を睨み据える。
「他の誰も追って来ないところをみると、おおかた他の連中、自分の手下もろともやっつけたんでしょ。どれだれの化け物かはよーく分かったけど、仲間を犠牲にして平然としていられる奴が“竜王”なんて片腹痛いわ。横っ腹押さえて笑ってあげるっ」
紗和は、思わず車のシートから転げ落ちそうになった。それに気づかず、里紗は続ける。
「あたし達を殺しても、あんたの“一番大切だった人”は還ってはこないのよ。世界人類滅亡させても、生あるものである限りは、いつか死んでしまうし、死ねば終わりよ。それも分からずに、あんたのしているのは、ただの八つ当たりじゃないの」
「うるさいっ!」
翔は剣を里紗の方向へ向ける。
が、里紗は上手にそれを避ける。
「言えって言ったのはあんたよ。自分が悲しんだと同じように他人も悲しめばいいとでも思っているわけ? 甘えるんじゃないわよ。そんなだなら大切な人一人も守れなかったんじゃないの。他人の所為にしないでよね」
バキバキと天の割れる音が辺りに響く。
里紗の言葉が痛いところを突いたのか、翔はきつく瞼を閉じる。
そして再び開いた瞳は一層冷たい色をたたえていた。
「分かったよ。君達は逃がしてあげましょう。でも」
翔は紗和に目をやる。
「新堂紗和さん、あなたは帰してあげるわけにはいきません」
「何でよー?」
里紗が詰め寄ろうとするが、翔はそれを気の力だけで弾き飛ばした。
里紗は弾かれ、後方へと尻餅をつく。
それを尻目に、翔は紗和の目の前に両の手の平を差し出してみせる。
「僕にだって、これくらいは使えるんですよ」
言って、聞き取れないような呪文を口の中でつぶやく。
紗和は何の抵抗もしなかった。
このまま翔の言うとおりにすれば、せめて里紗達だけでも助かるだろうと思った。
散々意地悪をされた。痛め付けられた。困らされて、これで恨まなければ大嘘だと思えることまでされた。が、自分のたった一人の姉である。
つい今しがたの啖呵が、泣きたいくらい嬉しかった。
紗和は翔の送り出す気を感じながら、静かに目を閉じた。
やがて傷の痛みも薄れ、意識が遠のいていった。