第 2 章
宝玉の戦士
-3-

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 ホテルの中にはもう人はいないらしく、それよりもこの辺り一帯、人気がなかった。みんな逃げてしまったのだろうか。

 ホテルを出ると外はもう夕まぐれ、薄暗くなっていた。見上げる空には竜が五体乱舞している。

 どちらへ逃げればよいものか、しかし既に紗和はこれ以上動けるだけの力は残っていなかった。

 その場にへたりこんでしまった紗和の頭を、ぽかんと一つ殴って里紗が怒る。

「男でしょ。こんな所でくじけてどうするのっ」

 そう言われても、言い返す気力も残っていなかった。

 そこへ後方から自動車のエンジンの音がした。見ると杳だった。

「こんなの拾ったんだけど、乗る?」

 しっかり運転席に座っている。

「あんた、免許持ってるの?」
「うん、自動二輪だけど」
「…」

 さすがの里紗も絶句していた。

「早く乗らないと置いて行くよ。動けないんだろ?」

 杳の言うとおりである。紗和は里紗の手を借りて、車に乗り込んだ。


   * * *


 天が稲光を発した。

 銀色の鱗がそれを受けて不気味に光る。近づけばその怒りが身に落ち肉を焦がすだろう事が知れた。

 いかづちが四方のビルに落ち、ガラガラと音を立てて崩れて行く。

 その様に力の差を見ながらも、引くことはできないと思った。

 潤也――風竜は杳達のいるホテルを守っている。風を操りバリアーを張り、竜王のいかづちさえも跳ね返していたが、それ以上の余力はない様子だった。

 横で舞う露――石竜に目をやると、彼は彼で雪乃達3人を一人がかりで相手している。花吹雪が舞い、光と闇が交錯する中、茜色の煙を撒きながら優雅に宙を舞う姿は、寛也には余裕しゃくしゃくに見えた。しかしその実、三対一である。その余裕も彼のポーズであろうことは知れた。

 軽く舌打ちをして、寛也は自分の対戦相手を見る。

 銀色に光る剣と鱗が、竜王の証し。竜神達を統べる竜王の一人。

 寛也一人で相手をして、所詮勝てるはずもないことは知れていた。

 が、しかしわずかに残る記憶と今の竜王の姿がほんの少し違って見えるのは何故であろうか。

 長き時間眠っていた記憶があやふやなのだろうか。それとも竜王に何らかの変化があったのだろうか。

 そう言えば翔の手にしていた剣は、かつて双頭剣として存在したはず。あの壁画にもはっきりとそう画かれていたのであるから、自分の記憶違いでもないだろう。

 とするとその剣はどこへ行ったのか。

 何故その身の一部である筈の剣が、竜王の手を離れることとなってしまったのか。

 とは言え、のんびりと考えている時間はないようであった。

 辺りの街が破壊されてしまわないうちに、この無法者を何とかしなければならない。

 竜王の生み出すいかづちを避けながら、寛也は念を込める。

 その身が次第に紅色に染まっていく。と、竜身は炎のゆらめきを昇らせはじめた。

 咆哮を一つ発して寛也――炎竜は炎となった身を竜王めがけて突進させた。

 天が裂けるような音がした。

 寛也の周囲の何もかもが、一瞬にして色を失った。


   * * *



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