第 2 章
宝玉の戦士
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長い黒髪を軽くかきあげて<雪乃は一歩先へ出る。
が、それを制したのは翔だった。
「あなたには無理ですよ。どうやら随分と口が立つ人らしいから」
言われて雪乃は翔に言い返そうとするが、その横顔を見るや、そのまますんなりと引き下がった。
誰が大将なのかわきまえてのことだろう。それ程に翔に力があるものなのか、紗和は興味を覚えたが、それも危険な考えと頭の中で警笛が鳴るのを聞いた。
ここはこの場を離れることだけを考えた方が得策だと。
「夕食は、多分6時頃からだろうし、そろそろ帰らないと、先生方も本気で心配されるだろうから」
「じゃあ君の姉さんだけは返してあげます」
「は?」
紗和の後ろで「ラッキー」と小さくつぶやく里紗など、もう縁を切りたかった。
「僕の目から見るに、地竜王は君だから」
翔はそう言って、紗和を指さした。一瞬の沈黙の後――。
「ばっかじゃないの。この紗和が、そんな面白いものなわけないでしょうが」
笑いながら答えたのは、里紗だった。
「あたし、この子とは16年間一緒に暮らしてきたけど、今の今までそんなご大層なものになったためしはないわよ」
何て言い方だと思いながらも、この里紗の言葉に便乗することにした。
「第一、この里紗の弟の僕がだよ」
横で笑い出したのは杳だった。潤也がそれを何とかたしなめている。
「仕方がないなぁ」
翔はくすりと笑って、一度は収めた銀剣を再び抜く。
一瞬、その場の空気が震えた。
翔の表情は柔らかだったが、その瞳の中には厳しい光が宿っていた。
「冗談で紛らわされるほど単純でもないんです。君、瞳に余裕が見えてますよ」
言われて、紗和ははっとする。
そんなもの考えてもいなかったが、翔の持つ剣さえも、何故か恐れるほどのものではないと思っていたのだった。指摘されて改めて気付く。
「どうあっても僕を殺そうっていうの?」
「そうなりますね」
「人違いだと思うんだけどなぁ」
「僕の目に狂いはないと思いますよ」
笑いながら、翔は手にした銀剣を振り上げた。
その動作が、紗和には妙にゆっくり、スローモーションの様に見えた。
――何て手付きなんだろう。
それはまだ、使いこなすことのできない、稚拙な動きだった。避けることは簡単。
振り降ろされる剣から、紗和はひらりと身をかわした。
「反射神経はいいんですね。でも今度のは」
翔は剣の先を、紗和の後ろにいた里紗に向けた。
はっと思った瞬間、紗和は自らの身を盾にしていた。
「紗和!」
赤い血しぶきが飛び散った。
紗和は左肩に激痛を覚え、その場にうずくまる。傷口から力が流れ出すかのような気がした。
閉じた目を開けると、意外にも青ざめた里紗の顔があった。