第 2 章
宝玉の戦士
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「だめだ。出口なんてどこにも…」

 上がる息の下、紗和はつぶやいた。

 あれからどれだけ走ったのだろう。しかし出口らしき所には、一向に行き当たらなかった。

 ただあるのは、闇としっかり握った手――杳の手だけだった。

 玉になった汗が、にじんで首筋を伝う。

 その時、甲高い笑い声が聞こえた。あの少女のものだった。

「だから逃げられないと言ったでしょ」

 嘲りの声。無性に腹が立ってきた。

「分かったから、姿を現せよ」

 怒鳴ろうと思って息を吸い込んだ時、先にそう口走ったのは杳だった。

「いい度胸ね」

 目の前にポワッと浮かんだ光の中、先程の少女が姿を現した。

 長い黒髪にセーラー服、一見か弱そうで優しげな少女であるのに、彼女の見せる瞳には冷たい敵意しか光っていなかった。

 それがあまりにも不釣り合いで、紗和は目を背けたくなる。

「私が…この剣が怖くないの? ふふっ、空元気かしら」

 少女はくすりと笑って、ゆっくりこちらへ近づいて来る。手には、銀色に輝く刀剣を握り締めたまま。

「どっちでもいいだろう。それとも怖がってもらった方がやりやすいって? あんた結構サドじゃん」
「貴方の従弟くんには劣るけど」
「翔くんは優しい子だよ。あんたみたいに剣振り回して、人を殺そうなんてしない」
「何も分かってないようね」

 彼女は手にした剣を軽く振り上げ、サッと振り降ろす。空気が切り裂かれる音がする。

「あいつはこの剣で、私の大切な人を殺したわ」

 何やら二人の間には因縁があるらしいが、そのことについて紗和自身何も関係するところがないようである。

 とすると口を挟む必要もなく、紗和はその分思考をここからの脱出方法の考案へと向けることにした。

「たった一人、私に手を差し伸べてくれた人だったわ。それをあいつは――天竜王はこの剣で…」
「だ〜か〜ら〜、それは翔くんじゃないだろ?」

 杳の呆れたような声。

「葵翔が天竜王だわ。貴方も見たことがあるでしょう」
「だったら何だって? あんた頭悪いな、オレの言ってること分かんない? 翔くんは翔くんで、そんな昔のことなんて知らないっての」
「何度生まれ変わろうと人の中に混じろうと、天竜王は天竜王よ。私の恨みが消えないのと同じようにあいつの罪も消えないのよ」
「ばっかやろーっ」

 怒鳴ると同時に、手が出ていた。

 どうやら杳は相手が誰であろうと容赦しないのだと、紗和はこんな時であるのに、笑みをこぼす。

 しかしその直後、少女は持っていた剣を杳の頭上へと振り降ろした。

「危ないっ!」


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