第 2 章
宝玉の戦士
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「ここまで来れば大丈夫かな」
息を切らせてようやく立ち止まった。暗闇の中、どこからか、水の流れが聞こえた。
どれだけの間走り続けたのかは分からなかったが、随分走ったようだった。頭がガンガンする。
「さてと」
暗闇に再び明かりが灯る。
「…杳ちゃん…?」
紗和は今の今まで、自分の手を引いて走っていたのが誰なのか分からないでいたのだった。
今、光に照らされて浮かんだ奇麗な横顔に、紗和はどこかホッとするものを感じた。
「まったく、不用心なんだから。あんた、あの悲鳴が聞こえてなかったわけじゃないだろう。エグい音もして血生臭かったし、きっとあれを見た他の連中、パニックおこしてるから」
杳は懐中電灯を紗和に手渡しながら、呆れた口調で言う。
言われて再び思い出す。あの無残な光景。
「そうだ、里紗…!」
「潤也がついているから大丈夫だよ、きっと」
杳はだるそうに答える。
走り過ぎて疲れ切っているのか、それにしても連れの潤也のことくらいは、もう少し心配そうにしてもいいものを。
「ね、君、杳ちゃん、教えてくれないかな」
「『ちゃん』…? あんた、バカにしてる?」
ジロリと睨まれて、紗和は慌てて否定する。
「杳でいいよ。同い年なんだから」
「そ、そう? じゃあ、杳、この事態について、僕達が知らないことを、何か知っていることがあるんだろ? そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」
自分の隣に座り込んで、片膝を抱えるようにしている杳に、紗和は穏やかな口調で聞いてみた。
「さっき見たモノ、あれは化け物、人を食べてた…二本の角を持った、鬼のようなものだったよね」
「さあ、よく見てないけど」
「さっき君、“あの女の仕業”だって言ったよね。“あの女”ってのは?」
「…あんたには関係無いよ」
「関係無いわけないだろう。こんなとこに連れて来られて、里紗ともはぐれてしまったし」
「彼女は大丈夫だって言ってるだろ。むしろどっちかって言うと…」
そこまで言って、杳はいきなり立ち上がった。
見上げるその顔は、いくぶん強ばって見える。
何だろうかと、杳の向いた方向に目をやった紗和も、僅かに眉をしかめる。
「誰か…いるのか…?」
懐中電灯を向けた明かりの中、人影が見えたのだった。
「あんたっ、この前の!」
「また会ったわね」
僅かな光に浮かび上がったのは、紗和達と年の変わらぬ少女だった。
見目が整っているだけに、冷たい笑みをこぼす少女だと、紗和は感じた。
「まったく、性懲りもなく」
「言ったでしょう、天竜王の物はすべて奪ってやると」
「天竜王?」
言葉をそのまま繰り返した紗和に、少女は初めて気付いたように彼を見た。
ゾッとするような目。
紗和は本能的に身構えてしまった。
が、少女はそれ以上紗和に関心を示す事なく、再び杳に向き直る。
「あんた、翔くんがどこにいるのか知っているんだろう?」
杳の問いに、少女は笑い声で返す。