第 1 章
竜神目覚めるとき
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 二人には見覚えがあった。翔の内より出でたように見えたあの剣、あの壁画に描かれていた双頭剣と同じものであった。

 少女は冷たい笑みを二人に向ける。そして手にした剣を振り降ろす。

 潤也は呆然とそれを見送ろうとしていた。が、一瞬前に杳が彼の手を引いた。危ういところで潤也は剣の直撃を免れた。

「馬鹿潤也、何ボサッとしてるんだ」

 潤也の立っていた場所を見ると土が黒く焦げ、くすぶっていた。そのまま身をもって受けていれば、ただでは済まなかっただろう。

 潤也はゴクリと唾を飲みこむ。

「そう何度も避けられるなんて思っていないでしょうね」

 少女は一歩、歩み寄る。

 月明かりに照らし出される彼女は鬼そのものであった。美しい日本人形のように長い真っすぐな髪をなびかせて、あやしく剣を振りかざす妖艶な鬼であった。

「かわいそうにね。連中の近くに生まれたばかににね」
「?まさか、あんた…」

 杳が言う。

「翔くんの両親を殺したのも…その剣で…?」

 鬼の高笑い。甲高い、耳につく不快な笑いだった。

「ようやく気がついたの」

 潤也は何のことかと杳を見る。杳は小声で説明する。

 翔の両親、祖父母の死については、翔自身も疑いをもっていたように他殺と判断されていた。

 金銭めあてでも何でもない、誰が何の目的でやったのかさっぱりつかめなかった。加えて焼け焦げて判別しにくかったのだが、死体にはそれぞれ刃物で切った跡が残っていたのだった。

「その通り、私が殺したのよ。憎んでも余りある天竜王、あいつの愛するものならどんな虫けらだろうと奪ってやるわ」

 その容姿にはまったく似つかわしくない台詞だった。

「そう、天竜王が何をしたというの。そうね、今の彼は何一つとして知りはしないでしょうね。覚えていないでしょうね。でも私は忘れない。あの恨み、忘れることはないわ」

 潤也はゾッとした。少女の言う意味は分からないものの、彼女の持つ憎悪の激しさは周囲の空気をも凍りつかせている。まさに憎しみの鬼であった。

 潤也は杳を背後に庇いつつ、わずかに後ずさる。しかし後ろにはもう余地がなかった。潤也がどうしたものかと冷や汗をかいていたとき、杳が彼の後ろで怒鳴ってくれた。

「冗談じゃない。竜王だか竜神だか知らないけど、何でオレ達が殺されなきゃならないって言うんだよ」

 少女は杳の声に、振り上げた剣を真横へと振り降ろして見せた。

 少し離れた場所に立っていた巨木がスッパリと切れ、轟音をたてて倒れる。

 杳への威嚇のつもりだったのだろうが、杳は一向に動じた様子を見せなかった。それどころか潤也の手の下をかいくぐり、前方へ出て行く。


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