第 1 章
竜神目覚めるとき
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 杳の言うとおり、そこは行き止まりになっていた。

 底深い崖があり、下からはかすかに水音が聞こえてきていた。川が流れているのだと杳が説明した。

 そして崖の少し降りたところが道のようになっていて、山の上方へと続いていた。

 それは人一人がようやく通れるだけの、道と呼ぶには余りにもみすぼらしいものであった。

「ここから真っすぐ行けば、山向こうの村へ降りられる筈だから」

 杳はそう言って潤也の手を振り払った。

「馬鹿な、置いてなんか行けないって言っているだろう」

 潤也は杳の腕を取る。一人では立っていられない杳を抱き上げるようにして支える。

「二人じゃ渡れないよ」
「だったら逃げるのを諦めて、ここで奴らを倒すまでさ」

 そんな力、自分にあるわけないことは杳の心配そうな目付きを見なくとも分かっている。何しろ体力のなさでは誰にも負けない潤也なのだから。

 しかしそれでも恐れなど感じていなかった。体の内から沸き起こる何かが、潤也に勇気を与えてくれていたのだった。

 鬼の気配がした。

 潤也は杳を背にかばいながら辺りへと目を配る。すぐ目の前の草むらの中、確かに何かいるのが感じられた。

 潤也は身構えるが、そこから出てきたのは先程の変電所の職員でも、杳の祖父に似た老人でもなかった。現れたのは潤也達と同年齢くらいの少女だった。

 潤也も杳もあっけに取られてしまった。どれほどすごい巨漢の鬼が現れるのかと思っていたのだ。

 二人の驚く表情に少女は満足したようにほほ笑んだ。冷たいほほ笑みだった。

「逃げ切れないと言ったはずでしょう」

 澄んだきれいな声だった。その身より溢れ出る邪の念さえも打ち消してしまうほどの清らかな声だった。声だけではない。その姿形も清純な美少女のものだった。

 潤也さえもしばし見とれてしまった程だった。

「何だってオレ達を狙うんだよ?」

 杳の声に潤也は我にかえった。そうだ。どれほど外見に惑わされようと、その内より出づる影は何物でもない。邪に満ちた、汚れたものであった。

 潤也は気を改める。

「僕達が何かしたとでも言うのか」

 少女は含み笑いをして見せる。

「何かですって?あの壁画を見たでしょう。『竜神目覚めるとき人の世は終わる。』人の世を終わらせたくないでしょう」
「どういうこと?」

 少女は笑う。潤也達をさげすむがごとく。

「目覚めた竜神を止めることなど誰にもできない。ならば互いに仇として争わせるのよ。天竜王と竜神四天王随一の炎竜とを」

 潤也と杳は顔を見合わせる。あの壁画から察するに、翔と寛也のことだろうか。

「知っているなら話は早いわ。あなた達にはここで死んでいただくわ」

 少女は右手を天へと振り上げる。潤也は身構える。

 天が光ったように見えた瞬間、少女の右手には銀色に輝く剣が握られていた。

「それは……」


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