第 1 章
竜神目覚めるとき
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「人の世が終わるなんてこと、あるものか。人間の生命力はゴキブリ並なんだぞ」
潤也もあっけに取られるものがあった。
思い出してみればいつも杳はそうだった。
我がままで自由奔放な杳。しかしそれは理不尽と思われることに対してのみで、自分の認めないものには、力及ばないと分かっていても臆す事なく立ち向かって行く。
杳にはそんな所があった。体制べったりの潤也よりも、はるかに素直に生きていたのだろう。
今にして思えば、それだから潤也は杳にひかれたのだし、彼にあこがれもしたのである。
「あんたは結局、私怨でオレ達を殺そうとしているだけじゃないか。何があったか知らないけど、人の大切にしているものを理不尽に奪うヤツには、同情する余地はないっ!」
きっぱりと言い切って、杳は少女の目を真っすぐに見返す。
むしろ少女の方がひるんでいるように、潤也には見えた。そして、何の武器も持たない杳が、見るだけで体の芯が震え出すような不気味な力をたたえる剣を持つ彼女を恐れることのないのを見て、潤也は決意を固めた。
潤也はなおも悪態をつこうとする杳を制して、少女の前へと進み出た。
「人の世が滅ぶとしたら、それは君のように心の中に鬼の住むことを許した世になった時だよ」
潤也の心は不思議と静かだった。今なら越えられなかったものが越えられそうな気がする。焦らなくてもこうしているだけで自分の内で変化して行くものをはっきりと感じ取ることができた。
潤也の姿を見ていた少女の表情が変わって行くのが目に映った。何かに――潤也に脅えてでもいるかのようにひるみ始めていた。
潤也は、身の内から力が湧き上がるのが分かった。
気が、膨れ上がる。それは途方も無い程の大きさに思えた。それと同時に、肉体の感覚が失われていった。
潤也の中に眠っていた、竜としての、覚醒が起こった。
彼女の手にしていた銀色の剣の光が薄れていく。そして震える彼女の口から、まるで汚らわしいものでもあるかのように、嫌悪を込めてもれた言葉が潤也の最後の意識に届いた。
「風竜――」
* * *
果てしないほどの昔日の夢の中を駆け抜けたような気がした。
幾代をも生きてきた。覚えていることは、ただ一度のはかない恋だけだったのかもしれない。
彼女の名は何と言ったろうか。名どころかその姿さえもかすれてしまった。
遠い、もう一人の自分が出会った、祈りのようにせつない思い――。
そして潤也は見る。
白く染まった世界の中で、そのなつかしい瞳を向ける人、潤也の方へと両の腕を広げている人。
もどるべき所はそこだと知った。
ゆっくりと潤也はそのもとへ、その腕の中へと泳いで行った。
はるかな夢の中を――。