第 1 章
竜神目覚めるとき
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「とにかく局へ連絡して車を遣してあげよう」
口調は沈みがちであまり好きにはなれそうもなかったが、彼は潤也の話を信じてくれたらしく、そう言って次の部屋へ行った。
潤也と杳の二人は息をついた。
「これで下へ降りれるね」
杳はほっとしたような表情を潤也に見せる。
「それにしても僕らに狙われる原因なんてあるんだろうか」
落ち着くとその疑問が一番にわいてきた。
もともと潤也は寛也を、杳は翔の行方を捜す手掛かりを求めてここまでやって来ただけなのだ。別にこれと言って人様から命を狙われるような覚えなどなかった。ましてや角の生えた化け物になど。
「これって竜と関係あるのかな」
「さあね」
杳は一向に話に乗って来ない。興味がないのだろうか。自分自身が狙われたというのに。翔のこととか、潤也の病気のこととか、かなり心配しているように思えるのに。
杳は、ただ出された番茶をすすりながら、物珍しそうに部屋の中を眺め回しているだけだった。
部屋の中は殺風景で壁には柱時計が一つぶら下がっているだけで、他には何もなく、黄ばんだ薄汚い壁がその肌を現していた。
よく見るとその一部に奇妙なしみがあった。コーヒーか何かでも引っかけた跡だろうか、茶色く浮き上がっている。
見ていると何故か気分が悪くなってきた。
「血…かな?」
そう呟いたのは杳だった。見ると潤也と同じものに目を向けている。
「まさか、殺人事件でもない限り…」
言ってみたものの、潤也は胸の悪くなる気持ちを押さえ切れなかった。
壁のしみは見れば見るほど、杳の言葉のように潤也の目に映ってきた。
多分これは自分の気持ちの中に、命を狙われたという恐怖心が残っているためだろう。柳の木さえも幽霊に見えることに似ているのだろうと、冷静な部分の自分が考える。しかしそれよりも生来の勘の方が強かった。
潤也は立ち上がった。
「出よう、杳」
ここにいてはいけない。身の危険がひしひしと感じられるのだった。
杳は言われて立ち上がろうとした。が、立ち上がることなく床に崩れた。あわてて駆け寄る潤也。
「どうした?」
「何か…入っていたみたい…」
潤也は床に転がった飲み残しの湯飲みを見遣った。こぼれた液体は床に広がっていく。
杳は言ったではないか。自分達は、ダムの辺りからつけられていたのだと。
潤也自身が出されたものを口にしていないのが、せめてもの救いだった。
潤也は杳を助け起こすと出口に立った。その時背後のドアが開いた。振り向くと先程の所員が立っていた。
「どこへ行くのかね。もうじき迎えが来るが」
人の姿を形どったモノ。潤也は一瞬自分の目がどうかしたのかと思ったくらいだった。彼の姿が他の化け物――人と呼ぶにはあまりにも浅ましい生き物とダブって見えたのだった。
それは古くから人々の口の端にしばしばのぼり、語り継がれて来た異形のモノ――鬼だった。