第 1 章
竜神目覚めるとき
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「ちょっと待ってってば、杳」

 潤也は杳を追いかける。追い付いて杳の肩に触れてから、あれっと気付く。

 左足の――さっきまであれだけ痛んでいた痛みが、すっかり消えているのだった。ためしに地面を蹴ってみるが、何ともない。

「どーしたの?」
「何で…?」

 潤也は杳を見る。が、杳の方こそ意味がつかめないといった顔を潤也に向けている。

 あれだけ酷使して、あれだけ痛んでいたというのに、何故いきなり痛みが消えてしまったのか。別にしびれて感覚がなくなったというのではない。その証拠に土を蹴る感触は靴の下から確かに感じられるのだから。

「杳、僕一体どれだけ眠っていた?」
「眠っていたんじゃなくて気を失っていたんだよ。十分となかったけど」

 一日も二日も眠り続けたというのなら痛みも消えると思ったのだが、どうもそうではないようだった。

「もういいじゃない、治ったんだから。文句ないじゃない?」

 杳はそう言ったきり、このことに触れようとはしなかった。

 が、潤也にしてみれば異常なことこの上ない。これが自分の体であるだけにはっきり言って不気味だ。

 こんなことこれまでになかったし、普通、あることではない。加えて、足だけではない、体の疲労もすっかり取れているのだ。

 杳は十分くらいと言ったが、信じられない。自慢するわけではないが、体力のなさでは誰にも引けは取らないのだから。

 考えているうちに変電所の事務所の前までやって来た。

 一晩中仕事をしているのだろう、明かりがこうこうと灯っていた。

 二人は元気を出してノックをしようとした。が、その前にいきなりドアが開いた。

「何か用かな?」

 驚いて二人とも後方へ飛びすさった。もう少しで叫び声を上げるところだった。

 中から出て来たのは作業衣をつけた30前後の男の人だった。

「す、すみません。ちょっと電話をお借りしたいのですが」

 潤也が歩み寄る。人の顔を見て驚くなど失礼だと一言わびを入れてから聞いた。が、相手は二人をじろじろと見比べながら面倒くさそうに答える。

「内線ならあるがね」
「外にはつながらないんですか?」

 潤也が聞くと相手はフンと鼻であしらう。

「局とつながる一本だけだ」

 潤也と杳は顔を見合わせる。

 この人に事を話してみても信じてもらえる確信はなかった。しかしこのまま下の村まで降りることの危険を考えれば、言ってみる方がましだった。たとえ馬鹿扱いされても。

 潤也はかい摘まんで事を説明した。ただ竜の話だけは控えておくことにして。

 変電所の職員は、無表情に潤也の話を聞いていた。が、潤也の話が一通り終わると二人を事務所の中へ導き入れてくれた。


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