第 1 章
竜神目覚めるとき
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 変電所まで行けば誰か人がいるだろう。そう考えて二人は山を降りることにした。

 と、簡単に言ってもかなりの道程の、しかも山道だ。おまけに潤也は足を負傷している。

「こんなことなら、無理してでも明るいうちに降りておくんだったかな」

 そうつぶやく潤也をちらりと睨んでから、杳は答える。

「足、痛かったんだろ?」

 痛いのは今でも変わりはないが、身の危険があるとはっきり分かっていたなら、そのようなこと気にしてなんかいられないではないか。潤也はそう杳に言おうとしたが、また言葉を飲み込む。

 潤也にとっての山道、しかも下り坂とあっては結構辛いものがあった。

 上がりの時は一時間くらいかかったものの、下りは急いで半分の時間で降りきったため、ダムまで降りたときには大きく呼吸していた。

 心臓が破れるかと思うほど激しく動いていた。耳の奥が熱くなり、頭がくらくらした。

「もう少しだけど、大丈夫?」

 余程苦しそうに見えたのだろう、杳も心配そうに潤也の顔をのぞきこむ。

 潤也は軽く笑って見せてから歩き出そうとした。そしてそのまま、杳の腕の中に倒れこんだ。


   * * *


 体の内と外とで、細胞が動くのを感じた。

 変わっていく――そんな感じが全神経を包んでいた。

 それは足のつま先から頭のてっぺん、髪の毛の一本一本に至るまで余す事なく訪れた変化だった。その正体が何かと問われたなら、彼は返答に困っただろう。

 ただ、すべてが変わっていく、そうとしか言いようがなかった。

 ふと彼は頬に触れる暖かいものを感じた。人の指先のようだった。

 ゆっくり目を開けてみる。

 一番に飛び込んで来たのは、杳の整った面立ちだった。

「目が覚めた?」

 優しい目をして見せる。とたんに潤也の内で何かが膨れ上がったような気がした。

「僕、どうして……」
「病院行って診てもらった方がいいよ。どっか悪いんじゃない?」

 潤也は上体を起こして辺りを見回す。場所はすぐ下手に変電所の見える、山道脇の岩陰だった。

 多分見つからないようにと、杳がここまで運んでくれたのだろう。しかしさすがに変電所まで担ぐには重かったと見える。

「病院なら行ってる。単に心臓が弱いだけだから」

 言った後で潤也は後悔した。他人のことなどさして心配することはないだろうと思っていた杳の表情が、見る間に変わっていったのだった。

「何でもないよ。すぐ治るんだから。他はもともと丈夫にできているんだから」
「…あっそう」

 杳はそっぽを向き、そのまますたすたと山道の方へ戻ろうとする。

 また機嫌を損ねてしまったようだった。それにしても何が気に入らなかったというのだろうかと、潤也は首を傾げる。


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