第 1 章
竜神目覚めるとき
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ひやりと冷たいタオルが、投げ出した足の上に無造作におかれた。
やるならもう少し丁寧にやってくれと言いたかったが、無邪気そうな杳の顔を見ると、つい言い逃してしまう潤也だった。
潤也の足がこれでは今日中に下の村まで――バスの次の発車時刻までにバス停へ行けないだろうという結論に達した二人は、仕方なくこの村にとどまることにした。杳の提言で勝手知ったる葵家の屋敷に泊まることとした。
杳は慣れたもので、この家の鍵の空いている場所を知っているらしく、簡単に忍び込んだ。
家の中は雨戸の締め切った、薄暗い所だった。何年も使っていないため、蜘蛛の巣と埃まみれになっていた。その中の一室を何とか掃除して一夜の宿とした。
やっとのことで人の座れる部屋を作ったころ、外はすっかり夕まぐれだった。
夕食は抜きになった。季節は初夏、外へ出て草の芽でも取ってくれば食べることもできただろうが、その案は「絶対にいやだ」という杳の一言で却下された。
掃除をほとんど一人でさせられたため、くじいた足の痛みが増し、それ以上動く気になれなかった潤也は、仕方なく鞄の中に入っていたおやつの残りをあけることにした。しかしこれしきのもの、何の足しにもならなかった。
仕方なく、ぐるぐる鳴るおなかを抱えて、杳は川へ水を汲みに行ったついでに、バケツの中に魚を二匹捕まえて来た。
どうやって捕まえて来たのかと問う潤也に、杳は笑っただけで答えなかった。
足の痛みは濡れたタオルで冷やすと、ひと心地ついた。
「腫れなきゃいいけど」
「だーいじょうぶ。大したことないってば」
「人ごとだと思って」
杳は潤也の足のことなどまるで考えていないようであった。手を貸してくれたのも山から降りるときだけで、村へ帰ってからはまるっきりの知らんぷりだった。
足を引きづりながら掃除をしていた潤也を手伝うこともせずにボーッと見ていただけだった。
そのあげくの果てに言った言葉。
「じっとしていればいいものを、動き回るから余計に痛くなるんだよ」
である。
寛也がいれば怒って言い返しただろうが、潤也はぐっと飲み込んでほほ笑んだ。その潤也を見て杳はまた冷たく言い放つ。
「ばかじゃない?」
これはあんまりではないだろうか。人がせっかく心配させまいと明るく振る舞おうとしているものを、ばかとは何事だ、ばかとは!と思いはしたが、潤也は口に出すことはなかった。
寂しい夕食も終わり、押し入れの中から敷物らしいものを引っ張り出してきて横になることにした。
一応の形は整っている布団ではあったが、幾年もの間狭い中にしまい込まれていたためどこか不衛生な感じがした。それを杳は拒否する。
潔癖なのかずぼらなのかわからない杳に戸惑いながらも潤也は中から一番良さそうなのを選んで強引に杳に押し付けた。山の中だし、まだ夜になると冷え込む季節だ。いくら火を焚いていたとしても、布団の一枚もなくしては風邪をひいてしまう。
しかし杳はその布団を潤也に押し返す。
「こんなの使うくらいなら、風邪をひいた方がましだ」
寛也より手に負えない。
「じゃあどうしろって言うんだ?」
「…」
「子どもじゃないんだからだだをこねない。そんなに嫌ならこれを貸してあげるよ」
潤也は自分の上着を脱いで杳に放る。それを受け止めて杳は目をぱちくりさせて見せる。
「ないよりましだろう。僕は布団被って寝るから。大丈夫、昨日クリーニングから返ってきたばかりのものだから」
そう言うと潤也は自分の床を敷きはじめた。杳は黙ってそれを見ていた。