第 1 章
竜神目覚めるとき
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「翔君ちで前に見たような気がするんだ。これだったと思うけど」

 杳の家はもともとこの地のものなのだからそれを受け継いでいても不思議はないだろう。そして潤也の目をさらに引きつけたのは、その横に申し訳程度に書かれてある文字のようなものだった。何の文字だろうか、現代人の潤也には解読できそうもなかった。

「ああ、それ?えーっとね、この絵の説明で、『地上に五つの勾玉ありて、天に九つの竜玉を示す。剣持つものこれを導き、鏡持つものこれを写さん』――だったと思うけど、これも翔君ところなんだけど、古文書とかにあって。この絵にしろ勾玉にしろやたらとここは小道具がそろっているんだ。だものだから澪(れい)さん――翔君の兄さんなんだけど、澪さんはすっかりこっちに転んでしまって、大学で民俗学を取っているんだ」
「ふーん」

 潤也はその古い文字に目を向けながら聞いていた。

 長い間その絵を見ていても何の手掛かりもつかめるようにはなかった。が、それでもと、潤也はその絵に見入っていた。

「11頭の竜か。じゃあ今のところ翔君入れて3頭……3人だからあと8人ばかりいるわけだ」
「うん…でも何だって竜なんて現れたのかなぁ」
「さあ…」

 何となく杳の質問にそっけない言い方になってしまった。とたん杳は懐中電灯を消す。

 真っ暗になった中、苦情を言おうとした潤也の目に光が戻って来た。杳は今度は反対側の壁を照らしたのだった。

 それならそれで、わざわざ光を消す必要は何もないのにと、内心思った。

「よく見て、これを」

 それは竜の絵などではなかった。人と人が数多くうごめきあう、仏教絵画によくある地獄の図だった。人は死に、重なり合う屍。親は飢え子を食らい、人が人を殺しあう。見ていて気分が悪くなるようなものだった。

「竜神目覚めるとき人の世は終わる。竜神目覚めるとき新たなる世が始まるって」

 左右の壁画はどちらが先なのだろうか。人の世が滅ぶから竜達が現れるのか、それとも竜達が人の世を滅ぼしていくのか。

「何だって竜なんか…」

 杳は先程のつぶやきをもう一度繰り返す。

「杳、君は翔くんのこと前から知っていた?」
「…翔くんの身体から時々銀色のものが出ているのは小さい頃から見てたんだ。直接これと結び付けるなんてことなかったんだけど。第一、見えていたのはオレだけだったから」
「僕も見たよ」
「今はね。けっこう強くなってきてるから」

 杳は外へ出ようと潤也をうながす。潤也は応じて、杳に続いた。


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