第 1 章
竜神目覚めるとき
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 杳はいにしえの集落の入り口で立ち止まった。

 人も住まない、今は山の動物だけが行き来している山村だった。もう村自体何年も人の出入りがないような、朽ちかけた家々が所々にあった。その村の最も奥に、他と比べると随分立派な、かつての地主でも住んでいたかのような家敷があった。

「あそこが翔くんの家だよ」

 杳は指をさしてそう潤也に説明する。

 葵家はもともとこの地方の豪族で、江戸時代には地主としてこの地を治めていた。このような所にある山村、地の利は悪く見えるが、昔から何故か大きな災害や飢饉にも見舞われる事なく、つつましやかではあるが平穏に暮らしていたと、杳は潤也に語る。

「他の村人はみんなどこへ行ったんだい?」

 潤也が聞く。

 時々休憩しはするものの、それでも不慣れな山歩きのため相当疲れていたが、杳に遅れることなく後をついて来ていた。杳にしてももう少し気遣ってくれればいいものをと潤也は思った。自分は慣れているからいいが、根っからの平野育ちの潤也にとってはこの山々は相当にきつかった。が、性格上それを口に出して言うことができないまま、不規則で気まぐれな杳の歩調に何とか合わせていた。が、正直言ってそろそろ長期の休憩を取りたかった。

「下の村へ降りたの?」
「さあ、オレあんまり詳しいこと知らないんだけど」

 そう言って辺りをきょろきょろと見回す。何事かと潤也が訝しがっていると、杳は一点を見付けてかけて行った。

 首を傾げている潤也に向かって杳の呼ぶ声。

「早く来いってばーっ!」

 どうやら適当な休憩場所を見付けたらしい。まったく行動に移す前に一言説明くらいしてほしいものだと、潤也は口の中でつぶやく。

「何ぶつくさ言ってんだよ。独り言っていうのは老化現象の第一歩なんだってよ」

 ムッとして言い返そうとしたが、杳の無邪気そうな顔を見たとたん、潤也は顔の筋肉が緩んでしまう。我ながら情けないと思いつつも杳に言われるままになっていた。思えば、昨夜のあの不信感満々の態度からは、かなり良くなっていた。

「ここの井戸水ってまだ飲めるのかな。喉渇いちゃった」

 やっと座れたと、草の上にへたりこんでいる潤也とは対照的に、杳はすぐに前方に見える井戸へ向かって走って行く。そして井戸の中を覗き込む。

「干上がってる」

 そう言っては少し遠くに見えている井戸へ行って、同じように中を覗き込んで首を傾げて見せる。どうやら井戸水はどれもすっかり乾いてしまっているようだった。

 あきらめて杳はとぼとぼと潤也の所へ帰って来て、彼の側にちょこんと座り込む。そしてまた黙り込む。潤也も疲れてしまっているものだから、あえて自分から口を開こうとはしなかった。


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