第 1 章
竜神目覚めるとき
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「どうだった?」

 二人分の切符を買い終わってベンチに座っていた潤也は、杳が元気にかけて来るとまずそう聞いた。その問いに、杳は肩をすぼめてみせる。

「開口一番、『早く帰って来い、この不良息子。』」

 潤也はそれを聞いて、苦笑せざるを得なかった。

 杳は昨夜結局、家へは帰らず一晩中潤也のそばについていた。ベッドを半分提供しようという潤也の厚意を、およそ丁重とはほど遠いあいさつで断ってから、部屋の隅に座布団やらクッションやらを敷き詰めてその上で毛布にくるまって寝た。しかし、夜中時折目を覚ましては、潤也の顔を心配そうに覗き込んでいた事を潤也は気付いていた。

 そして今朝、まだ通勤ラッシュにもならない一番の列車に二人は乗ることにした。行き先は福井県の山奥の山村、翔の実家のある村だった。

「日本に竜の名をいただく地名はたくさくさんある。竜王とか龍神なんてのもあるんだよ」

 杳は地図を広げながら言う。それを潤也はのぞきこむ。

「福井県にはね、九頭竜川って言うのがあってね、その川上の一角に翔くんの住んでいた村があるんだけど…昔そこの奥の洞窟で変な物を見たことあるんだ」
「変な物?」
「壁画なんだけど、その辺じゃあ結構有名らしくって…壁に竜の絵がかかれているんだ。その竜ってのが一つ一つ違った形をしていて」
「全部で9匹とか」
「いや、11だったと思う。オレも最初地名からして九体の竜の方が正しいと思ったんだ。それで数え直してみたんだけど、全部で11あった」
「ふーん」

 潤也は再び地図に目を落とす。ここからだと京都で乗り換えて北陸へ行き、福井から越見北線で和泉まで行き、そこからはバスかタクシーしかない。交通の便のすこぶる悪いところだった。

「こんな不便な所、人はほとんど住んでいないんだ。翔くん達一家も10年前に街へ降りていて、今は建物だけが残っている」
「火事があったっていうのは?」
「下の家の方」

 杳はそう言って地図を潤也に手渡し、自分は窓の外の景色に目を移した。


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