第 1 章
竜神目覚めるとき
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 潤也は、とりあえず、タクシーを拾った。光の消えた闇の中に倒れていた杳を連れて行けるところと言ったら、自宅ぐらいだったから。

 タクシーの運転手に多大な迷惑をかけながら、何とか自宅に戻ることができた。

 ベッドに寝かせると、しばらくして杳は目を覚ました。

「気がついた?」

 顔を覗き込むと、思いっきり不審者に向けるような目を向けてきた。それから、上体を起こして、辺りをうかがうように見回す。

「僕んちだよ。ちょっと散らかっているけど」

 何をそんなに警戒する必要があるのだろうかと思って、潤也は苦笑をこぼす。

「君、K組の葵くんだろ?」
「えっ?」

 聞かれて杳はびっくりしたような顔をする。こちらは知っていても、相手は潤也のことを知らないのだ。

 一方的な、片思い。

「僕は結崎潤也。階が違うから知らないかも知れないけど」
「結崎…?ああ、A組のケツザキ…とか」
「それは双子の兄のこと。僕はC組」

 潤也は返しながら、顔が赤くなるのを止められなかった。

 学校での噂は知っていた。片や学校中の暴れん坊で、片や学年トップクラスの秀才委員長の双子の兄弟と。本当に双子かと、そっくりな外見に不審がる声もあることも。

「あっ、そーだ。翔くんっ」

 いきなり思い出したのか、杳はベッドから出ようとする。潤也はそれを軽くひきとめる。

「むだだよ。どこかへ消えてしまった」
「消えた…?」
「そう、気がついたら消えていたんだ。ぱっと、まるで手品みたいに」
「それ、どーいうこと?」
「こうとしか言いようがないよ。本当に消えてしまったんだから」
「そっか…」

 潤也は、そう言ってため息をつく杳の白い横顔に目をやった。

 今から丁度一年前、まだ入学したての頃、柄にもなくかかってしまった五月病。

 潤也はこっそり授業をさぼって中庭を散策していたことがあった。三時限目の授業時間で、天気も良くぽかぽかした気持ちの良い日和だった。


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