第 1 章
竜神目覚めるとき
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 やっぱり見破られている。

 杳は潤也に妖艶な笑みをみせる。これはきっと多分、月の見せる影のせいだろう。潤也は我知らず杳に歩み寄る。が、杳の方でぷいっとそっぽを向く。

「何だ、知らないの」

 あまりにもそっけない言い方だった。潤也はスカを食わされた気分だった。

「でも、きっとすぐに帰ると思うから」

 潤也が一言何かを口走るたびに、杳は彼の目をのぞきこむようにして見る。その言葉が真実かどうか、見極めようとでもしているように。

 多分、何ひとつ潤也の言うことを信用していないためではないかと、潤也は感じる。現に辺りをうかがう様子は最初から変わることはなかったのだから。

「勝手なことを言ってくれるね。そりゃ、あんたの兄さんはすぐに帰って来るかもしれないけれど」

 杳はそこまで言って部屋を出ようとする。

「あ…葵くん?」
「お邪魔さま」

 それだけ言うと、バタンとドアを閉めて出ていく杳。あわてて後を追う潤也。

「もう遅いんだ。送るよ」
「けっこう」

 玄関で靴をはき、感情のこもらない口調でそう言うと、杳はさっさと外へ飛び出してしまった。

 潤也はどうしようかとしばらく考える。が、すぐに決意して杳の後を追った。

 アパートの階段を降りたとき、すでに杳の姿は見えなくなっていた。右へ行ったものか左へ行ったものかしばらく思案する。が、潤也はすぐに右手へ走った。

 まず大通りへ出て帰り道を探すだろうと思った。右手の路地を突っ切ったところは県道になっている。バス路線にもなっているので――その時間走っているものはないだろうが――何とか帰れるだろうと一般人から考える。

 通りまで出ると杳の後ろ姿が見えた。すぐに潤也は駆け出す。

 靴音に気付いて杳が振り返った。

「何かまだ用?」
「君の家はそっちじゃない」

 それだけ言うと潤也はへたりこんだ。心臓の大きくなる音がする。

「分かってるよ、ここ、通学路だし」

 息が苦しい。額から頬を伝って流れ落ちる汗。潤也は苦しくて、その場にうずくまった。

「ちょっと、結崎くん?」

 杳の声が、次第に遠のいていった。


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