第 1 章
竜神目覚めるとき
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「ところで、あんた」

 杳が潤也を見遣る。長いまつげの下にある黒い瞳に、潤也は思わず心臓の音が高鳴るのを感じた。

「あんな時間、あんなところで何してたんだよ?」
「あ…それは」

 潤也はふと窓の外へ目をやる。つられて杳も潤也と同じ方向を向く。空には傾きかけた月が一つ浮かんでいるばかりだった。杳は再び潤也を見遣る。潤也は遠くを見る目をしながらゆっくり答えた。

「ヒロを…兄の寛也を追って」
「双子の?そう言えばここの家って」

 杳は再び、辺りを見回す。

 部屋の中こそきちんと整頓されていて奇麗だが、結局は安アパート、柱の節々に傷がある。壁紙も寛也のおかげで継ぎはぎだらけだった。それを目にして、杳は露骨に眉をしかめて見せる。それに気付いて潤也は慌ててとりつくろう。

「兄と二人暮らしなものだから、手入れも行き届かなくって」

 どうして自分がこんな弁解がましいことを言わなくてはならないのかと思う。寛也がいたら気分を害してしまうだろう。が、今の潤也には杳の好奇の目の方が気になっていた。

「ふーん、で、その寛也って人は?」
「あの…」

 潤也は口ごもる。ついさっき彼は見たばかりだった。杳と翔のやり取りを。杳の頑固に信じないと言った竜の話。まさかこの場で真実を語ったとしても、彼は潤也に白い目を向けるだけではないのか。

 そう思って、口はとっさに他の言葉をはいた。

「ちょっと買い物に」

 言ったとたん、しまったと思った。が、後の祭りだった。杳の疑い深そうな目がしばらく潤也を見ていたかと思うと、フイッとそっぽを向いてしまった。こんなことすぐに嘘だとばれてしまうではないかと、潤也は自分の浅はかな思い付きを責めた。

 と、杳の口から意外な言葉がもれた。

「本当はあの竜を追っていたんじゃない?」
「あの…だって…君…」

 しどろもどろの潤也。その潤也に目を向けて、杳はくすくす笑って見せる。再び潤也の胸の鼓動が速くなる。

「あの竜達の行き場所知っている?」

 潤也は首を左右に振ってみせる。何がおかしいのか、杳はくすくす笑いを止めないまま続ける。

「じゃあ、あんたの兄さんってどこへ行ったの?」


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