第 1 章
竜神目覚めるとき
-1-

9/10


「安心しなよ。オレの腕は一流だよ」

 彼の言うことを信じない訳ではないが、どうも不安である。その翔の表情を素早く読み取った杳は、翔の背中を押した。

「いいから乗るんだよ」

 エンジンの音が軽い振動と共に聞こえてくる。

「しっかりつかまってなよ」

 言われなくともすでに翔は杳の背にしがみついていた。

 車の運転は性格が出ると言う。

 昔から顔のわりにやることなすこと雑で大雑把な杳は、車ごっこをすると必ず彼の持つ車は事故車となった。三輪車を貸せば電柱にぶつかった。自転車に乗れば川に飛び込んだ。

 彼ほど運転に向かない人間はいないのではないかと翔はとっさに思った。

 が、バイクは走り出すと意外と心地よかった。

 多少スピードの出し過ぎの感じはするが、それでも風は気持ち良く翔の頬をかすめる。

 そっと目を開けてみると、道路の両側に遥かに広がる麦畑が、黄金色の光をきらめかせていた。

 翔はしがみついた腕に、ギュッと力を入れた。

 と、その時のことだった。

 たったひとつの予感が恐ろしい現実へとつながる既視感のように、背筋をぞくりとさせる何かが翔の頭をかすめた。

「とめてっ」
「え……?」

 翔の声に杳はバイクを止めた。翔は即座にバイクから飛び降りた。

 たった今感じた不安な予感をよそに、自然はしごく静かだった。

 風にそよぐ麦畑も、なだらかな稜線を描く山々も、どこにも変わった気配など感じられなかった。

 それでは先程の予感は一体何だったと言うのだろうか。

「どうかした?」
「…ううん、何でもない。ただね、きれいだなと思って」

 言葉を取り繕う。が、言葉にしてみて、翔はそれが真実だと知る。

 黄金色の大地、青銀色の天空。心の安らぐ風景だと思った。

 見ていると何かを――忘れていた大切な何かを思い出せそうな気がする。

 それはどこか翔を見つめ返す杳の瞳に通じるものがあると、杳を見あげて、翔は初めて気付く。


次ページ
前ページ
目次