第8章
希望のうた
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「何で? 潤也さんが…」
嫌な役回りだと思いながら、巫女達にそれを伝えたのは露だった。
昨夜の杳の件から時を置かずしての潤也の悲報に、誰もが言葉を詰まらせた。
勾玉を失い、その仲間を失い、暗く沈む気持ちはどうしようもなかった。
「こうなると厳しいよなぁ。凪のヤツ、自棄にでもなってたかもな」
露の言葉を耳にし、静かに反論するのは浅葱。
「そんなことはないと思う。潤也さん、冷静に見えたし」
「お前にはそう見えたか」
肩をすぼめてそう言う露。
「凪はさ、常に冷静で抜かりなくて、嫌味なくらい完璧で、オレ、好きじゃなかったけど、それでもオレ達四天王の長だった。昔、天竜王と戦った時だって、アイツがいなくなるまで負けるなんて思ってなかったからな。それなのに、今回も先に行きやがって」
露の口からは潤也を悼む言葉は欠片も出てこないが、それでもいつもの軽い口調は影を潜めていた。
「どちらにしても葵の話だと、手負いの父竜は傷が癒えたらすぐにここへやって来るそうだ。オレ達を叩き潰しにな。だからもう、お前らはここを出ていけ」
再びのこの言葉に、全員顔を見合わせた。
「だからぁ」
百合子が口を出そうとするのを、露はチラリと横目で見やって。
「一緒に死ぬなんて言うなよ。仲間だって言うなら生き延びろよ。一人になっても、勾玉がなくても、巫女の力が継承されているなら、お前らの子孫の先のその先で何かの解決策が見いだせるかも知れない。だから、お前らだけでもここから出ていってくれ」
露のこの言葉は、負けると覚悟を決めた者の言葉だった。
「あたしは絶対イヤよ。逃げたくない。戦えなくても、ここにいたい」
「美奈ちゃん」
駄々っ子のような美奈に声をかけるのは浅葱。
「帰る場所があるんだ。君は帰った方がいいよ。お兄さんのことが心配なのは分かるけど」
「お兄ちゃんのことだけじゃないわよ。だってあたし達、もう仲間じゃない。みんな、大切だから」
「だったら帰れ」
背後からしたその声に振り返ると、聖輝が立っていた。優も一緒だった。
「お前らを守りながらじゃ、力が半減するだけだ」
「でもっ」
「また眠らされて強制送還されたいのか?」
つい昨夜あったことに、美奈はピクリと顔を引きつらせる。
「お前の気持ちは十分分かっているが、納得しろ」
言われて美奈は頬を膨らませて俯く。その両手はきつく握りしめられていた。
「じゃあ、約束してよ」
俯いたまま、しかし、はきりとした口調で。
「もう誰もいなくならないって。杳さんや潤也さんみたいに…もう誰も死なないって」
その言葉には誰も答えられる訳もなかった。
「お願いだから約束してよ、お兄ちゃん」
美奈の足元に、ポロポロとこぼれるのは涙の雫。
「俺達は現世の身体を失ってもすぐに生まれ変わる。死にはしない」
「嫌だよっ」
聖輝の服の裾を掴む美奈。
「生まれ変わったらもう、あたしのお兄ちゃんじゃないじゃないっ。あたしは今がいいの。今のお兄ちゃんがっ」
とうとう泣き出す美奈の頭に、聖輝は軽く手を置き。
「お前はいつも無茶ばかり言うな。お前みたいなのにはしっかりした兄貴が必要なんだが、悪いな。ここからは一人っ子だ」
「えっ?」
聖輝の言葉の意味を測りかねて兄の顔を見上げようとした寸前、美奈はその場にくず折れた。そのまま聖輝に抱き抱えられる。
「おいおい…」
露がまたかと半分呆れ顔になるのに対して、聖輝は淡々と返す。
「お前も家族の記憶の始末はしておけ。悲しませないようにな」
そう言って聖輝は美奈を昨夜のように肩に担ぎ上げた。本当に大事に思っているのかどうか分からない扱いに、その場にいた全員が溜息をつく。
「浅葱も帰る場所がないみたいに言うな」
静川兄妹のやり取りを眺めていた浅葱に優が声をかける。
「だって僕は…」
この旅に出る時、全ての財産を片づけたのだ。もう高千穂に帰っても、家すらないだろう。
「何もないなんて言うな。少なくとも俺の親父はお前の叔父だし、母さんだって心配してた。ま、姉貴達はウザイだろうけど、俺の部屋が空くから使え」
「何言ってるの、優ちゃんっ」
「いいから帰れ。帰る場所はちゃんとある」
低い声でそう言い諭され、浅葱は視線を迷わせる。「いいな」と優に念押しされ、俯いた。
百合子はそんなみんのな様子に大きく溜息をつく。
「私たちにできることって、本当に何もないの?」
「ないね」
露の答えに、百合子はポツリと呟いた。
「潮時ってことね…」
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