第8章
希望のうた
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「あれ? ジュンは?」

 帰ってきた一同の中に見慣れた弟の姿がないことに気づき、寛也は持っていた箸を休めることもせずに聞いてきた。口の中に食べ物を詰め込んだまま喋るので、口から飯粒が飛んでいた。
 丁度夕飯時で、腹が減ったと言って、みんなを待たずに先に夕食を取っていた寛也だった。

 翔はそんな寛也を見て、このまま食事が終わるまで潤也のことを告げるのを待とうかと思ったが、すぐに知らせないのも後々良くないと、寛也が次に食べ物を頬張る直前のタイミングで切り出した。

「ヒロ兄、箸を置いて聞いてもらえますか?」

 翔の深刻な表情に、寛也は感づくところがあったのか、すぐに箸と茶碗を座卓に置いた。

「潤也さんの、今生での生涯が終わりました」

 死とは言いたくなかった。また、翔が敢えてその言葉を選んだのは、次の転生があり得ると考えられたからだった。幸いなことに、竜気は消えたが、その魂は残されている可能性があり、次の生が待っている。いつの世になるかは分からないが。

 しかし、自分たちの中で寛也だけは考え方が違うだろう。双子の兄弟として生まれ育ってきたのだから、今生での生へのこだわりも強い筈だと考えられたから。
 ひどく落胆したら、誰が励ませるだろうか。逆上したら、誰が諌められようか。

 そんな翔の心配をよそに、寛也は少しだけポカンと口を開き、しばらく間を置いてから、低く呟くように返した。

「…そうか」

 大して取り乱すでもなく、それだけ言って立ち上がった。

「ヒロ兄?」
「メシ、残しといてくれよ。後で食うから」
「ダメですよ、今は」

 慌てて翔は寛也の袖を掴んだ。
 このまま敵陣へ突っ込んで行くのかと思ったのだ。しかし寛也はそんな翔の考えが分かったのだろう。苦笑を向けてきた。

「行かねえよ。お前らが戻ってきたのは、昨日みたいに負けてボロボロになってんじゃねぇだろ? お前の顔は敗者の顔じゃねぇからな」

 寛也の意外な言葉に、翔はわずかに視線を逸らす。

「そんな風に見えますか?」

 潤也を失って、翔自身、相当な痛手だった。多分、他の誰よりも頼りにしていた分、杳とは違った意味での喪失感は大きかったと自分でも思っていたのに。

「アイツは無駄死にしなかったってことだろ? 何かの為に命をかけたんなら、その意思を全うできたんなら、アイツにとっても本望だったってことだろ? お前を簡単に立ち直らせるくらいに。だけどな…」

 寛也はふと表情を曇らせたが、すぐに顔を上げて笑顔を作る。それはとても不器用なものだった。

「アイツは俺にとって”仲間”じゃなくて、弟だから…あいつの最後にいた場所くらい見ておこうと思ったんだ」

 もしあの時、寛也を連れて行っていれば潤也は死なずに済んだだろうか。
 しかし寛也はそのことを責めることもせず、淡々と言う。こんなにも聞き分けの良い人間だっただろうか。
 人は困難を乗り越える度に大きく成長する。
 寛也も、そして自分も、あの時父竜に言った言葉の通りに、何度でも立ち上がることができる。

 つと、翔は、決意した。

「分かりました。だったら、僕が案内します」
「はぁ?」

 さすがに一人で行きたかったのか、寛也は今度こそ嫌そうに眉根を寄せた。その彼に、翔はきっぱり言い切る。

「潤也さんに後を頼まれました。ここからは僕が指揮を取ります」

 有無を言わせぬ翔の口調に、寛也はまだ反抗したそうに返そうとするが、その前に翔は続けざまに言う。

「それから、潤也さんからの伝言です。しっかり食べろって」

 そんなことは言われてないが、意味は同じだと翔は思った。

「他にも言ってましたが、そのうち教えてあげます。取り合えず、食事だけは済ませてください」

 そう言って、座卓に並べられた三人前はある寛也の食事の皿を指さした。


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