第7章
崩れゆく砦
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『潤也さんっ』
竜体になって、二つの渦巻く力に近づく。
自分達よりはるかに巨大な姿を見せる父竜と、その前に立つ見慣れた白い竜。竜王である自分より少し小さなその身体。しかし、その内から溢れ出る力は、今まで見知った者の比ではなかった。どこにこれだけのものを宿していたのか。
吹き荒れる風を身に纏い、風竜は翔の呼びかけに答えるでなく、咆哮を上げると、その身を取り巻く風の鎧を刃に変え、一斉に父竜めがけて投げ付ける。
ひとつひとつの小さな刃は、父竜にとって針の先程の痛みも与えないものであろう。それを腹の一カ所に集中して突き刺していく。それは幾千もの大群となって、大剣程の威力を伴い、父竜の腹に鋭く突き刺さっていく。
間を置かず、第二弾第三弾と繰り出される刃。さしもの父竜もくどいくらいに同じ場所を狙って繰り返される攻撃に、身をかわそうとする。が、その動きが読めるかのように、風竜の攻撃は的確に、寸分違わず同じ場所を攻め続けた。
父竜の腹から血の代わりとなって吹き出すのは、青白い気泡。
今しかないと思った。
父竜の身体に傷をつけることなど容易くできるものではない。言い換えれば、完全無欠の父竜の傷口は、唯一の弱点となる。
翔は、とっさに痩身の剣を抜き取ると、雷鳴を呼び集める。そして、風竜の作った父竜の弱点を目がけて、雷を纏ったその剣を振りおろした。
確かに、手ごたえを感じた。溢れ出る気泡が視界を遮り、父竜の咆哮が周囲にこだまする。
このまま一気に切り落とそうとしたその時、頭上から低く怒りを含んだ声が聞こえた。
『図に乗るなよ、こわっぱどもが』
はっと思った瞬間、翔の身体は地面に叩きつけられていた。抵抗する間も、避ける間もなく。すぐに起き上がろうとして、頭上から翔の身を軽々と押さえ付けてくる巨竜の鋭い爪。不覚にも、動きを奪われた。
『お前達程度の力で、今のこの私に刃向かう事など出来ると思っているのかっ』
その身に深く突き刺さる爪に、背骨が折れる程の痛みを感じる。それを無理やり払いのけようとするも、頑として動くものではなかった。
翔は巨竜を跳ね返すためにもう一度雷鳴を呼ぼうとして、つと、相手の力が弱まるのを感じた。その隙に翔は父竜の爪を押しのけて、その下から抜け出した。
滴る気泡を押さえつつ見やるそこに、風竜の姿があった。
『潤也さんっ』
しかし、翔の声に答えるでなく、風竜はその身から出ずる風の力を巨竜の腹――先程と寸分違わぬ急所を狙って、刃を突き刺し続けていた。
『いい気になりおって…っ!』
父竜の怒りの声が聞こえた。その矛先が、翔から潤也のへと変えれたことに気づいた。まずいと思った途端、身体が動く。
父竜と風竜の間に割って入り、風竜を庇って身を上げる。それと同時に、父竜の攻撃を避ける為、バリアを張った。
父竜の攻撃は僅かに逸れたものの、その余波だけで吹き飛ばされる程の衝撃がバリアを伝って翔の身を震わせる。
まともに浴びたら、この自分であってもただでは済まないのではと思われた。ましてや、風竜では――。
『潤也さん、無茶しないでくださいっ!』
思わず怒鳴ってしまう。見やる風竜は、翔を振り向くことはしないままで返してきた。その声は、淡々としたものだった。