第7章
崩れゆく砦
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「って、待てよ、こらっ」
舌打つ寛也。
その耳に、ポツリと言う露の声が聞こえた。
「お前らだけても逃げろ」
「はぁ?」
振り返る寛也は、露の言葉の意味が掴めずに聞き返す。その露は、反省のためか隅っこで小さく固まっていた浅葱達の方に顔を向けていた。
「勾玉が消えた今、お前らは父竜にとって何の価値もない。ここに居さえしなければ助かるかも知れない」
その言葉は、取りも直さず、すぐにここが戦場になる可能性があること表していた。その前に彼らだけでも助けようと考えたのだろう。果たして、の言葉に応じる者がいるとでも思ったのか。
「なに訳わかんないこと言ってんの? 私達だけ逃げれる訳ないでしょっ」
案の定、一番に返してきたのは美奈だった。今までおとなしく項垂れていたのは演技だったのかと思える程の口調だった。
が、露は美奈の勢いなどするりとかわす。
「生憎だけど、もうオレ達にはお前らを守ってやる利得も余力もないんだよ。だったら、ここにいるより外界の方がむしろ安全だ」
「安全だからとか、そんなんじゃなくて」
美奈の言葉を遮って口を挟むのは浅葱。
「勾玉がなくても、僕達は竜の宮の巫女の転生者で、最後の力の継承者だよ。ここにいる意味はあると思う」
「ないよ」
きっぱり言い切る露。
「守るべき勾玉もなくなった。竜の宮も、もうない。お前らの無に等しい力で何ができる?」
「だからって…!」
言い返そうとする美奈を止めたのは、今度は百合子だった。
「止めないでよ、ユリちゃん」
「ちょっと、私に話をさせてくれる?」
そう言うと百合子は露の前に立つ。胡座をかいて座る露を見下ろして、いきなり彼の脳天を平手で打った。
その音と、目の前で起こった出来事に、全員が息を飲んだ。当の露でさえも、一瞬キョトンとした表情を見せた後。
「何すんだ、この年増っ!」
言った途端、もう一発殴られた。
そして、誰もが止める間もないうちに露は百合子に胸倉を掴み上げられた。
「私達、ここから出て行くつもりはないから。覚えておきなさい」
態度に反して、淡々とした口調で言い放つ百合子に、露は言い返そうと口を開きかけるその前に。
「それから、私は『年増』じゃないから。貴方がお子様なだけよ。これも覚えておきなさい」
言って、露を突き飛ばした。
露は顔を背けて、ポツリと呟く。
「恐い女に転生しやがって」
その声が百合子に聞こえない筈もなく、振り返った百合子に、露はあわてて正座をした。
「あの噂、もしかして本当だったのか?」
そのやり取りを呆然として見ていた一同とは正反対に、寛也は面白そうに言う。
「北の宮じゃ、巫女が竜神を尻に敷いてたって…」
露と百合子の両方に睨まれ、寛也は慌てて口をつぐんだ。