第7章
崩れゆく砦
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「そうですか…」
翔は、帰宅してきた寛也達の報告に、そう静かに答えた。
九分九厘こうなることが分かっていたのだ。それでもと、思う気持ちがあったから止めなかったのだ。
今となれば、せめて全員が無事に帰ってきてくれた事が何よりだった。
「これで僕達の持ち駒は全てなくなりました。もう、正面から立ち向かうしかありませんね」
その翔の言葉に、寛也は意外そうに言い返す。
「初めっからそのつもりだ。封印が解けようがどうしようが、奴は叩き潰す。それだけだ」
握りこぶしを見せる寛也に、翔は苦笑を浮かべる。
「頼もしいですね、ヒロ兄」
それでも、寛也が立ち直ってくれた事が何よりも有り難かった。炎竜の力は底知れない部分があった。子竜であった時ですら四天王随一の力を持つと言われていた。それが、成竜になった今、成長し続けている彼の力こそが、最も頼りとするところだった。単剣しか持たない自分を、多分、凌ぐのだろうさえと思わせられる程に。
「それからさ…ちょっと気になる事があったっんんだけど」
珍しく神妙な顔をしてそう口を挟んだのは露だった。
「気になる事?」
「父竜が何でオレ達を倒さずに逃げ出したと思う? 結崎は自信過剰な事を言ってるけど、オレ達は完全に力負けしてたんだ。奴の攻撃に、本気で命がないと思ったんだ。その攻撃がオレ達の目の前でかき消されたんだ。二回もだ」
翔は露の言葉に眉をしかめる。
寛也と露の二人に、防御面においてそれ程の力があるとはとても思えなかった。
「もしかしたら、あいつらの中にとんでもない力を持った奴がいるんじゃないか?」
浅葱達の中にと言う意味だが、翔は眉根を寄せたまま返す。
「どうかな。あの四人の中にそんな素振りを見せた人がいた?」
「いや、それは…」
四人とも小さくなって震えていたのだ。無意識でやったのかとも思われたが。
「あのよぉ」
寛也が二人の会話に、言いにくそうに口を挟む。あの時、寛也が感じたものが何であったか、理由が分からないまでも、確かに気を感じたのだ。まごうことなき、彼の人の気を。
それを口に出そうとした時、翔の携帯が鳴った。
「おいっ」
こんな時に、音くらいは消しておけと言おうとする前に、翔の顔色が変わった。
「新堂さんからのワンコール、SOSです」
翔の言葉に、緊張感が走る。
寛也達が父竜と対峙したのは、ほんの一時間程前のことだ。昨夜の連戦と言い、相手は休むことを知らないのかと疑う。
「仕方ねぇ。さっきは逃げられたが、今度は逃がさねぇぞ」
寛也は立ち上がりながらそう言う。行く気、満々だった。が、翔はあっさりとそれを止める。
「ヒロ兄と水穂くんは残ってください。ここを頼みますよ」
「おいっ」
思わず、滑りそうになる寛也。
「お前、今言ったじゃねぇか。もう正面から立ち向かうしかねぇって」
「僕が瞬間移動で連れて行けるのは一人が限界です。新堂さんであっても、せいぜい二人。今回は逃げ切るつもりです。向こうには、新堂さんを含めて四人いますから」
「お前なぁ」
まだ反論しようとする寛也に、翔は冷静なままの声で続ける。
「潤也さん、竜気が殆ど残っていないと思いますよ。昨夜の戦闘でも力を使い過ぎている上に、今日一日中、救助活動をしていますから。他のみんなも同じでしょう。まともな戦いになんてなりませんから」
「だったら、余計に俺を連れて行け。敵だって同じ技は使えるんだ。瞬間移動っつっても逃げきれるもんじゃねぇだろ。だったら、逃げる間、俺がくい止めてやる」
「ダメです」
ピシャリと言い放つ翔に、寛也は一瞬怯む。
「全員、助けるんです。ヒロ兄一人を盾にはできません。後を頼みます」
早口にそう言うと、翔はそのままさっくりと姿を消した。慌ててその腕を捕まえようとする寛也の手を、一瞬前にかわして。