第7章
崩れゆく砦
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「何するのよっ。触らないで」

 騒ごうとする雪乃に、ちらりと目を向ける。それだけで、雪乃は口を閉ざした。

「よく父竜に見つからなかったものだな。木竜は殺されかけたと言うのに」
「下手に竜気をばらまきながら竜体になるから、見つかるのよ」

 言って、ぷいっとそっぽを向く。その二人に潤也の方から近づいて行った。

「翔くんは君を放っておけと言ったけどね、邪魔をするようならただではおかないよ」
「誰が邪魔なんてしてるのよ?」

 言い様に、雪乃は優の手を振りほどく。

「だったらこんな所で何をしているんだ? 親類でもいるのか?」
「知り合いがいなきゃ、来ちゃいけないの? 心配しちゃ、いけないの?」

 雪乃の意外な言葉に、潤也も優も顔を見合わせた。二人のそんな様子に気づいて、気を悪くしたように雪乃はそのまま去ろうとする。

 その背に向かって言う潤也。

「花が、欲しいんだけど?」

 潤也の声に、雪乃は振り返った。

「僕達が助けられなかった人達の為に、一輪でもいいから、花を手向けてくれないかな、滝沢さん」

 ちらりと潤也を見やるものの、優は何も言わなかった。

「な、何で私がそんなことしなくちゃならないのよ?」
「その為に来たんじゃないのか?」

 優が低く聞くのに、雪乃は顔を背ける。

「違うわよ。父竜に逆らう愚か者の貴方達を見に来ただけ。勝てもしないのに抗う、滑稽な連中の姿をね」

 先程は、心配して来たと言った筈なのに。

「わざわざ竜体になってまで、こんな所まで? その父竜に見つかるかも知れないのに?」
「いちいち煩いわね。私がどこで何をしようと勝手でしょ。放っておいてよ」

 潤也も優も、ため息が出る。

 奇麗な花を咲かせる華竜である筈の彼女が、どうしてこうも素直ではないのだろうかと。

「僕達は去る者を追うつもりはないけど、帰ってくるなら歓迎するよ」
「誰がっ」

 言うなり、雪乃は花弁を撒き散らす。それとともに、薄紫の鱗がきらめいた。竜体になったのだ。と思うと、その姿はあっと言う間に、雲間に消えていった。

「ったく、仕方ない奴だ」

 舌打ちする優の目の前に、天からヒラヒラと花弁が舞い降りて来ていた。それが幾重にも重なり合い、まるで幾千もの花が舞っているようにも見えた。

「花を手向けてって言ったのに」

 潤也は呟きながら肩をすくめてから、優に声をかけた。

「じゃ、始めようか」

 言って潤也は、再び目の前の瓦礫の山を見つめた。かつてあっただろうビルの形を想像しては、どのように倒壊したのか考えながら、少しずつ少しずつその瓦礫を持ち上げていった。

 その下に感じる人の気配を気遣いながら。


   * * *



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