第7章
崩れゆく砦
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やられる――そう思った。
受け身を取っても、多大な痛手は免れないと一瞬で判断したが、逃げることも目を逸らすこともできなかった。
身の内にある力を全て引き出して炎のバリアを作る。が、それをいとも簡単に突き抜けた父竜の気は、炎竜の身を砕こうと迫ってきた。
その瞬間、炎竜の全身を柔らかな気が包んだと思ったら、父竜の攻撃の気がその場でかき消えた。
『な…!』
寛也も、父竜でさえもその現象に言葉を失った。一体何が起こったのか理解できなかった。ただ、炎竜の身を優しく包み込む気配がすぐに薄らいでいくのを感じた。
それが何であるのかまだ理解できないまでも、寛也は思わず手を差し伸べようとする。
『まて…消えるな…』
それは、愛しい存在の持つ気だった。見まごう筈もない、彼の人のもの――。
名を呼ぼうとして、それよりも先に動いたのは揚の方だった。
『あり得ない…っ』
呟いて、一度辺りに目を走らせ、寛也の感じていた気を振り払うかのように巨大な尾を打ち払って風を撒き散らしたかと思うと、そのまま彼は風の中に消えていった。
それはまるで逃げるようにも思われた。
寛也は父竜を追う気もなかった。ただ、消え行こうとする愛しい人の気を繋ぎ止めたかった。
『いてくれるんだろ、ここに。ずっと、側にいてくれよ…』
しかし、寛也を包んでいた気配は寛也の問いかけに答えることもなく、すぐに感じられなくなっていった。寛也の切ない願いにも、まるで気がないように、そっけく。
まるで誰かを思わせるような。
* * *
「大丈夫か?」
竜身を解いて、寛也は呆然としている露に近づいた。
転身する間もなかった彼は、本気で死を覚悟していたのか、先程の体勢のまま動けずにいたが、寛也が近づいてくるのに気づいて慌てていつもの表情を取り戻す。しかし不審そうな様子は変えなかった。
「お前がやったのか?」
先程の不思議な現象のことを言っているのだと思って、寛也はすぐさま首を振る。
「じゃあ…」
露は眉値を寄せて、自分の背後に固まって小さくなっている4人を振り返った。半泣きの美奈が一番力が強そうだと思ったが、彼女こそ一番怖がっている様子だった。
「無意識か…?」
父竜の攻撃に、もう駄目かと思った。その時、父竜の力が消え失せたのだ。2回もである。
露としては、父竜の様子から彼が自ら力を収めたとは思えなかった。それなのに、自分達のどこにそれが存在するのか分からなかったのだ。
露は、他に感じ取れる程の強大な気配を近辺に見いだすことができなかったのだろう。寛也にはあんなにもはっきり感じ取れたものを。
「取り敢えず帰ろう。状況はすこぶる悪くなっただけだけどな」
露はそう言ってから、後方で震えている者達に手を差し伸べた。その手も震えているのを隠して。
寛也は父竜の消えた空を見上げた。その気配が既にそこに存在しないことをもう一度だけ確認してから、うなずいた。