第7章
崩れゆく砦
-3-

12/15


 その瞼が揺れ、ゆっくりと瞳が開かれていく。

 思わず息を飲む寛也。

 が、その影は、振り下ろされた揚の手にあっと言う間にかき消されてしまった。まるで出し惜しみをするかのような揚の行動だった。

 しかし、ほんの一瞬のことだったが、それは確かに杳の姿をしていた。

 寛也は目の前に現れたものに、動けなくなる。それは寛也だけではなかった。誰もその姿を目にして動揺を隠せない様子だった。

「今の僕にできるのはここまでだ。今の固体を維持させることも、もちろん、杳くんの魂を呼ぶことすらできない。だが、僕にかけられている勾玉の封印が解けて、元の完全な力を取り戻せれば、杳くんを生き返らせることもできるんだよ」

 もっともらしい揚の言葉と、今の杳の姿に、動かされないと誓っていた筈の寛也の心が次第に揺らいでいく。どんなに敵の策略だと分かっていても、杳を求める心に歯止めなど効く筈もなかった。

 棒立ちになってしまったそんな寛也の脇をすんんなり通り抜けて、揚は浅葱達の前へ進み出る。

「さあ、続きを頼めるかな?」

 そう言ってもう一度取り出すのは金属バットだった。それを碧海の前へ差し出した。

 もう誰も止める者はいなかった。

 金属バットで打たれ、砕けかれる勾玉。それは確かに鉱物として形あるものだったにも関わらず、砕かれる度に飛び散る破片は、まるで空気にでも溶けるかのように文字通り消えていった。

 ひとつ、またひとつと姿をなくしていく勾玉。

 杳を取り戻す為に、杳の守ろうとしていたものを壊していいものなのか。本当に――。

 寛也は大きく首を振ってから、最後の勾玉に振り下ろされるバットに向けて、飛び込んでいった。

「結崎っ!」
「寛也さんっ!?」

 振り下ろされたバットは、地面に転がる勾玉を守ろうとして身を晒す寛也の背を打ち付けた。

 驚いてバットを取り落とす碧海。一方で、寛也は痛みにしばし動きを止めたものの、すぐに立ち上がった。その両手に包み込むようにして握られていたのは赤い勾玉だった。

「杳はそんなことで生き返っても、全然喜ばねぇよ。また苦しめるだけなんだ。何でそれが分からねぇんだよ、お前ら」

 今、本当に守りたいのは、杳の心だ。傷ついて悲しんで死んでいった綺羅やあみやのような思いはさせたくない。絶対に、それだけは守りたかった。杳を求める自分の思いよりも、何よりも大切だと思えるもの――。

 そんな寛也に、他の者はうつむくしかなかった。

 しんとした空気を舌打ちして破ったのは、揚だった。

「もういい。君達に付き合うのも、もう飽きた」

 揚のそう言うが早いか、寛也の手にしていた赤玉が彼の手を離れて、宙に浮かび上がった。

「な…?」

 慌ててそれを取り戻そうとするが、その前に勾玉は揚の手元に吸い寄せられていった。しっかりと右手に握られるのが見えた。


<< 目次 >>