第7章
崩れゆく砦
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「俺に理由が言えないような事だ。ろくな事じゃないんだろ?」
しかし、それでも翔は答えない。舌打ちして、寛也は翔の脇を擦り抜けて出て行こうとする。その背にかけられる声。
「杳兄さんの為なんです」
杳の名に、肩を震わせて思わず立ち止まる寛也。
「封印が解けた父竜なら、杳兄さんを生き返らせることができるんです」
振り返って見やった翔は、ひどく頼り無さそうに見えた。
「父竜から、美奈ちゃん達に接触してきたようです。4つの勾玉と引き換えに、杳兄さんを生き返らせてくれるって」
「接触って…いつの間に…」
言いかけて、それが遊園地でのことだとすぐに気づく。自分達が護衛についていたのに、気づかなかったのだ。明らかな自分の失態に、寛也は責任を感じる。
「清水くん達は僕らに黙って出掛けたんです。それを知ってて、僕は止めなかった。僕は何を引き換えにしてでも、杳兄さんを取り戻したい」
そんなことを口走る翔を、寛也は哀れに思った。
死んだ者は決して生き返らないのだ。これまで、何度も経験してきたことではないか。何千年も生きてきて、数え切れない程の死を見送って。
そして、その相手である杳は、決してそれを望まないのだ。父竜の封印を解いて生き返らせたとしても、杳はかえってそのことで苦しむだけなのだ。
それだけは、絶対にさせられなかった。
「ばっかやろぅ…」
寛也は、呟くように言って、駆け出した。
杳を憎んで殺そうと執拗に追ってきた揚が、何をどう間違っても杳を生き返らせるような真似をするとは、寛也にはどうしても思えなかった。父竜が最も憎む綺羅の力を持つ者――杳。たとえその本人の転生者だとは知らなくとも、同じだった。
だが、翔の気持ちも寛也には十分理解できた。愛する者を失う悲しみを幾度も経験して、今度こそはと願っていた相手なのだ。自分の悲しみのそれ以上に、杳に生きて幸せになって欲しいと願っていた。
そんな、人の弱みに付け込んで、揚は誘いをかけてきたのだろう。
許せなかった。
そして何よりも、もうこれ以上、杳を戦いの道具にはしたくなかった。
* * *