第7章
崩れゆく砦
-3-

4/15


「生き返…らせる…?」

 そんなことが果たして可能なのだろうか。いや、夢物語のような事を口走る相手の話など、二人には信じられる筈もなかった。その疑わしげな表情を読み取って、揚は尚も続ける。

「だが、今のこの封じられている身では、人の身体を再生して魂を呼び寄せると言う高度な術は使えないんだよ。せめて僕にかけられている残りの封印が解ければ、僕はどんな術でも使えるようになる。君達に、杳くんを返してあげられるんだが」

 流暢に語られるその内容は、相手が相手だけにいくら聞かされても、二人には眉唾ものにしか思われなかった。それなのに、淡い期待を抱いてしまう気持ちは押さえられなかった。

 嘘だと思うが、もし本当にそれが叶うのだとすれば――。

 一歩踏み出そうとする美奈を、慌てて止める百合子。

「駄目よ。封印を解いたら敵の思う壷よ」
「だってユリちゃん、約束したじゃない。杳さんにどんなに怒られたって、あたし達は杳さんを助ける方法を選ぶって。みんなで決めたじゃない」

 それは、杳が揚につれ去られた昨日のこと。敵の要求が勾玉であったならば、杳を助け出す為なら差し出そうとみんなで決めたのだ。

 百合子は美奈の言い分に、返す言葉がなかった。昨日の状況と今の状態が違わないと言うのであれば、勾玉を差し出すことに異論はないが。

「私達だけじゃ、決められない」

 百合子は美奈の手を握って、揚を見上げる。少なくともここで安易な答えを出さずに持ち帰って、ゆっくり考えてみる時間が欲しいと思った。

 それに、勾玉は自分だけが持っている訳ではない。浅葱達の考えも聞いておきたかった。

「そうかい。では仲間と良く相談してみるといい。ただし、人の魂が今生を彷徨うのも一昼夜だ。明日の夜明けには、もう手遅れになることを忘れないように」

 揚の差し出した期限は、思ったよりも短いものではあったが、うなずくしかなかった。

「その気になったら電話してくれたまえ。待っているよ」

 揚は百合子にメモを渡す。そこに書かれていたのは携帯電話の番号だった。メモをちらりと見て、すぐに顔を上げると、揚の姿はもうすっかりかき消えていた。

「消え…た…?」

 翔の使う瞬間移動と同じものだとすぐに知れた。途端、百合子はホッする気持ちとともに、肩にのしかかる重圧を感じた。いざとなると、重い責任を感じずにはいられなかった。

「ユリちゃん…どうしよう…」
「とにかく、帰ってみんなと相談しよう」

 それでも、自分達の選択する答えは分かっていた。

「おーーいっ」

 と、タイミング良く聞こえてきた声に、二人ともビクリとする。反射的に振り返ると、寛也と露の二人が元気に駆けよってくる姿があった。スカイサイクリングを乗り終えたのだろう。

「悪い、悪い、退屈させただろ?」

 駆け寄り、そう言って美奈と百合子に露が差し出したのは、ソフトクリームだった。遊びに夢中だったのだろう、汗をいっぱいにかいている二人に、今の揚とのやり取りを気づかれていないと思って、ホッと胸を撫で下ろした美奈と百合子だった。


   * * *



<< 目次 >>